東京工業大学(東工大)と九州大学は10月19日、ガリウムと銅を含むプラセオジム・ニッケル酸化物が高い酸素透過率を持つ仕組みを解明したと発表した。同酸化物は、燃料電池材料や酸素透過膜材料として応用が期待できるという。

同成果は、東京工業大学 大学院理工学研究科 八島正知教授、九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所/工学研究院 石原達己教授らによるもの。詳細は、米国化学会の学術誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に10月15日付けで掲載された。

燃料電池や酸素濃縮器などは、エネルギー・環境問題の解決に大きく寄与するものと考えられ、高効率化の開発が進められている。高効率化に向けては、酸素透過率が高いイオン伝導体や、高い酸素透過率と電子伝導度を有する混合伝導体の開発が必要とされている。近年、高いイオン伝導度を示す混合伝導体としてK2NiF4型構造を有する酸化物が発見され、注目を集めているが、その仕組みは未解明だった。

こうした中、研究グループでは2008年および2010年に、ガリウム(Ga3+)と銅(Cu2+)を含むK2NiF4型構造のプラセオジム・ニッケル酸化物が高い酸素透過率を示すことを発見していた。さらに、その類似物質(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ中で、酸化物イオンが拡散する過程が原子スケールで可視化された。しかし、プラセオジム・ニッケル酸化物の高い酸素透過率におけるGa3+とCuの役割や、格子間酸素と酸素透過率の関係は良く分かっていなかった。

今回、K2NiF4型構造を有する混合伝導体として、Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δ、Pr2Ni0.75Cu0.25O4+δおよびSr2Ti0.9Co0.1O4-εの3種類を合成し、その酸素透過率と酸素濃度を調べた。また、結晶構造、酸化物イオンの拡散経路と電子密度分布を、日本原子力研究開発機構・東海研究開発センター・原子力科学研究所の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている東北大学 金属材料研究所の高温中性子回折装置HERMES(エルメス)、および高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーBL-4B2の放射光X線回折装置を使用し、第一原理計算により調べた。中性子回折実験の一部は大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェイ・パーク)の物質・生命科学実験施設に設置された超高分解能粉末回折計「SuperHRPD」を用いて、また、放射光X線回折実験の一部は大型放射光施設SPring-8のBL02B2において実施した。

この結果、ガリウムと銅の両方を添加したPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの酸素透過率は従来の混合伝導体と比べて高く、同じK2NiF4型構造を有するSr2Ti0.9Co0.1O4-εの酸素透過率は極端に低いことが分かった。さらに、その理由は、ガリウムと銅を添加すると、大量の酸素原子が格子間に入るためであることが分かった。

図1 種々の混合伝導体の酸素透過率の温度依存性。Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの酸素透過率(●)は従来の混合伝導体と比べても高いのに対して、同じK2NiF4型構造を有するSr2Ti0.9Co0.1O4-εの酸素透過率(■)は極端に低い

図2 中性子回折データの構造解析により分かった,Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δおよびSr2Ti0.9Co0.1O4-εの結晶構造(室温)。すべてK2NiF4型構造を有する。ガリウムと銅が添加されているPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δ、Pr2Ni0.75Cu0.25O4+δには、結晶格子の間に過剰酸素O3が確認できる

さらに理論計算による検証を重ねた結果、添加したガリウムによって酸素O3が格子間に入ることが分かった。また通常、O3は格子上の酸素O2と静電的な反発を起こすため、格子間に入りにくいが、銅を添加することで格子上のO2の位置がずれやすくなり、格子間酸素O3が安定化されることが分かった。

加えて、温度を室温(20℃)から高温(約1000℃)まで上昇させると、格子間酸素O3と格子上酸素O2の分布が連結して酸化物イオンが移動する様子が確認された。温度上昇とともに原子核の密度は減少するのに対し、O2-O3間の最小核密度は増加することも分かった。さらに、この最小核密度は酸素透過率とともに増加することから、酸素の拡散を決める有用なパラメータになることが示された。

図3 第一原理計算により決めたPr40Ni15Cu4GaO86の原子配列の一部。Pr40Ni15Cu4GaO86は、Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの近似スーパーセルである。図のa,bに示すように、格子間酸素Oiの周りでは、Oiとの距離をある程度保つように、頂点酸素がOiとは反対の方向にシフトする(赤い矢印)。図cに示すように、d10 Ga3+ドーパント近くの局所緩和が観察される。この局所緩和により別の種類の格子間酸素Ogが安定化される

図4 (a-d) Pr2Ni0.75Cu0.25O4+δおよび(e-h) Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの等核密度面の温度依存性。O2は頂点酸素、O3は格子間酸素を示す。×は拡散経路O2-O3上の最小核密度となるボトルネックを示す。(a) 25℃, (b) 602℃, (c) 807℃, (d) 1011℃, (e) 20℃, (f) 605℃, (g) 810℃, (h) 1011℃

図5 最小核密度ρN(T)の増加とともに酸素透過率ρP(T)は増加する

今回の研究により、ガリウムと銅を含むプラセオジム・ニッケル酸化物の高い酸素透過率の構造的要因を解明するとともに、格子間イオン伝導体をデザインするための新しいコンセプトが示されたこととなった。

この結果を受けて、研究グループでは今後、同デザインコンセプトに基づいて、新しいイオン伝導体を開発していく方針とする。また、同研究で活用した材料評価技術を応用して、他のイオン伝導体のイオン伝導メカニズムを解明していく方針ともコメントしている。