濃度2%の水素ガス吸入が心肺停止後の脳機能などの後遺症を軽減 - 慶応大

 

慶應義塾大学(慶応大)は10月17日、日本医科大学の協力を得て、濃度2%の水素ガスを吸入することにより心肺停止から蘇生した後の脳機能や心筋組織の後遺症を軽減し、生存率を改善することをラットにおいて発見したと発表した。

成果は、慶応大医学部 循環器内科の佐野元昭専任講師、同・福田恵一教授、同・救急医学教室の林田敬助教、同・堀進悟教授、日本医科大学大学院 医学研究科 加齢科学系専攻 細胞生物学分野の上村尚美講師、同・太田成男教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間10月16日付けで米国心臓病学会雑誌「Journal of the American Heart Association」オンライン版に掲載された。

今回の研究結果により、水素ガス吸入療法は、心肺停止から蘇生した後の脳や心臓の機能低下を抑制し、生命予後の改善に効果がある可能性が示唆され、心肺停止蘇生後の患者の社会復帰率向上に向けての大きな1歩と考えられるという。なお、この治療法は濃度2%水素ガスを吸入するもので、爆発などの危険性はない。

日本での心肺停止(病院の外で起きるケース)は年間約12万例発生している。AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器)の普及により救命率は向上しているものの、心肺停止から蘇生した後は脳や心臓に重篤な後遺症を残し、社会復帰の可能性が極めて低く、予後(治療後の回復の見通しのこと)は生存の生命予後にしろ、機能的に後遺症が残るか否かの「機能予後」にしろ極めて不良なことが大きな問題となっている。

心肺停止から蘇生した後の臓器障害に対する唯一の効果的な治療法として、大学病院や救命救急センターにおいて脳組織障害の進行を抑えるために全身を33~34度に冷却する「低体温療法」が行われているが、手技自体の煩雑さや高度な機器を必要とすること、手技に伴う免疫力や心臓機能低下といった合併症などのリスクの高さから、低体温療法に代わる新しい治療法の確立が望まれている状況だ。

臓器への血液の流れが遮断されると酸素の運搬が滞り、組織は障害される(梗塞)。組織障害を防ぐためには早期の血流再開が不可欠だが、血流が遮断されていた組織に血液が流れると大量の活性酸素が発生して、組織障害がさらに悪化して、強い炎症反応が起こる。

この現象を「虚血再灌流障害」と呼ぶ。虚血再灌流障害が関与する病気としては、脳梗塞、心筋梗塞、心肺停止蘇生後症候群、睡眠時無呼吸症候群などがあるが、心臓大血管手術、臓器移植の時にも術後の臓器機能回復を規定する重要な因子となっている。

日本医科大の太田教授らは2007年に、水素ガスに活性酸素を除去する作用があること、濃度2%程度の水素ガス吸入によってラットの脳梗塞を縮小させることを世界で初めて報告した。続いて、慶応大の佐野専任講師らは、水素ガス吸入がラットおよびイヌの心筋梗塞サイズを縮小させることを確認した。

心肺停止後、心肺蘇生法により幸運にも心拍が再開しても、実は安心できない。心拍再開時に全身の臓器で起きる虚血再灌流障害が主要な原因となって、蘇生後に重篤な後遺症を残してしまう可能性があるからだ。

しかし研究グループは今回、心拍再開前後の水素ガスの吸入によって脳や心臓の機能低下を抑制できれば、蘇生後の後遺症を減少させ、生命予後を改善できるのではないかという仮説を立てて検証を試みた。

ラットの心臓に電気刺激を加えることによって心室細動(心臓の心室が小刻みに震えて全身に血液を送ることができない状態で、突然死の原因ともなる)を誘発する心肺停止モデルを樹立。

そして、蘇生後の心拍再開前後における水素ガスの吸入が低体温療法と同程度に脳や心臓の後遺症を軽減させ、生命予後を改善させる効果があることを確認したのである。

ラットを用いて心室細動による心肺停止モデルを作成し、5分間の心肺停止状態の後に胸骨圧迫や人工呼吸を行う心肺蘇生法が行われた。心肺停止から蘇生して24時間後、対照グループのラットでは全身のむくみや活動性の低下が見られたが、心肺蘇生法開始時から蘇生後2時間、濃度2%の水素ガスの吸入を行うと、これらの状態悪化が抑制されたのである(画像1・2)。

心肺停止から蘇生して24時間後。画像1(左):対照グループ(水素ガスを吸入していない)のラットでは全身のむくみや活動性の低下が見られた。画像2:水素ガス吸入が行われたグループではこれらの状態悪化が抑制された

水素ガスの吸入が行われたグループでは、脳機能スコア・心機能および生存率が対照グループと比較して著しく改善。水素ガスの吸入効果は、低体温療法とほぼ同等であり、さらに水素ガス吸入と低体温療法を併用することによって最も著名な改善効果が認められた(画像3・4)。

画像3(左):対照グループ(水素ガスを吸入していない)と、水素ガス吸入グループ、水素吸入+低体温療法、低体温療法の4グループの生存期間に対する生存率。画像4(右):同じ4グループによる脳機能スコア。水素ガス吸入グループでは、低体温療法グループと同等の生命予後改善および脳機能スコアの改善が見られた。さらに脳機能スコアにおいて、水素ガス吸入は低体温療法との相乗効果が認められた。(脳機能スコア:0=脳後遺症なし、100=脳死または死亡)

また、水素ガス吸入により、蘇生後の全身性炎症反応物質「サイトカイン」の上昇も抑制された(サイトカインが過剰に分泌されると、逆に臓器障害を招くと考えられている)。

サイトカインの持続的な上昇は重症患者における病態増悪(ぞうあく:より悪化すること)因子と考えられているが、この抑制効果は、低体温療法のみが行われたグループでは見られず、水素ガス吸入に特徴的な利点と考えられた。

さらに、心肺停止蘇生後24時間での心筋組織を検討したところ、水素ガス吸入によって、心筋組織の活性酸素による組織障害や炎症が著明に抑制されていることが確認されたのである。

以上の結果から、水素ガスには、活性酸素を除去する効果、抗炎症作用が認められることがわかった。心肺停止蘇生時の水素ガス吸入療法は、単独または低体温療法と併用することにより、心肺蘇生後の脳機能・心筋組織の障害を軽減させ、生命予後や社会復帰率を改善する新たな治療法として期待される。

水素ガスの吸入は、心肺蘇生法の妨げにはならず、かつ、唯一有効性が確認されている低体温療法との併用も可能だ。

さらに、水素ガスの吸入は大掛かりな装置や高度の医療技術を必要としないため、大学病院や救命救急センター以外のより多くの病院でも導入が可能であり、また水素ボンベを救急車に搭載することによって、救急車の中での心肺蘇生法の術中から開始することも可能と考えられるという。

今後の研究をさらに発展させることにより、増加の一途をたどる心肺停止から蘇生した患者の脳機能・心筋組織の障害を軽減させ、生命予後の改善に多大な貢献をもたらすことが期待されると、研究グループはコメントしている。

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