東京大学、ウシオ電機、西華産業の3者は、微少スケールにおける流体の流動(マイクロ流れ)を3次元測定できる、ホログラフィー技術を利用した新しい流速分布測定法「DHM-PTV(Digital Holographic Micro Paricle Tracking Velocimetry)」を開発したことを発表した。

成果は、東大生産技術研究所 藤井(輝)研究室の藤井輝夫教授、同・木下晴之特任助教、同・大島研究室の大島まり教授およびウシオ電機、西華産業の研究者・技術者らの共同研究グループによるものだ。

藤井教授はマイクロフルイディクス、セルエンジニアリング、分子エンジニアリングなどが専門で、大島教授がバイオメカニクス、流体計測、コンピュータシミュレーションが専門。ウシオ電機は光学機器の研究・開発、そしてホログラフィック顕微鏡の開発を得意とし、西華産業は流体計測装置の開発、販売を行っており、同分野の国内シェア第1位という企業だ。なお、東大と西華産業はこれまでにも、新機軸の顕微鏡などを共同開発してきている。

今回の技術を用いた計測実験についての詳細は、10月4日・5日に姫路で開催される「可視化情報学会全国講演会2012」、同月28日から11月1日まで沖縄で開催される「The 16th International Conference on Miniaturized Systemes for Chemistry and Life Science(MicroTAS 2012)」で発表する予定。また、MicroTAS 2012では、今回開発されたデジタルホログラフィック顕微鏡と、解析ソフトウェアの展示とデモンストレーションを実施するとしている。

DHM-PTVの基本原理は、「粒子追跡法(PTV)」と呼ばれる「粒子画像流速測定法(PIV:Particle Image Velocimetry)」の1種に基づいている(画像1・2)。PTVでは、あらかじめ流体中に微小粒子(トレーサ粒子)を分散させておき、その粒子が流れに乗って移動する様子をビデオカメラでまず撮影するところからスタート。

画像1。粒子画像流速測定法のシステムと流速法の模式図。特徴は、非侵襲・間接測定、高精度、高分解能(空間・時間)、高次元計測(2D、3D、4D)など。会見で配付の資料より抜粋

画像2。PTVとPIV。会見で配付の資料より抜粋

次に、撮影された粒子画像を画像解析し、各粒子の重心位置を検出、フレーム間における各粒子の移動距離を算出することによって、粒子移動速度、すなわち流速を求めるというものである。

しかし、マイクロ流れ(一般的に数μm以上1mm以下の微少空間における、マクロスケールの流れとは大きく異なる流動を示す流れのこと)を対象とした場合、通常の光学顕微鏡では2次元投影しか観察・撮影できないため、トレーサ粒子が奥にあるのか手前にあるのかの判別が難しく、トレーサ粒子の正確な3次元空間位置を定量的に検出することができない。この理由により、これまではマイクロ流れをPTVで3時限的に測定することは難しいとされてきたのである。

そこで研究グループは、微少スケールでも立体形状を撮影できるデジタルホログラフィ技術に着目した(画像3)。同技術は、物体光を参照光と干渉させることで、光の位相情報(対象までの距離の違い)を強度情報としてデジタルカメラに記録し、そのデジタル画像を使って、デジタル空間での光の回折計算を行うことで物体までの距離、すなわち物体の立体形状を測定し、再現するというものである。

画像3。ホログラフィの仕組み。会見で配付の資料より抜粋

同技術を使えば、マイクロ流れに混入させたトレーサ粒子の空間分布情報を立体的に測定できるのではないかと、研究グループは考えたというわけだ。

そこでまず、参照光を撮像面に対してわずかに傾けて入射させて干渉させる「オフアクシス方式」の透過型ホログラフィ光学系とデジタルビデオカメラを組み合わせた独自のデジタルホログラフィック顕微鏡を構築し(画像4・5)、さらにフーリエ変換法をなどを用いたPTV用のトレーサ粒子(球形粒子)の重心位置検出に特化した高精度のデジタルホログラム解析アルゴリズム(画像6)を考案したのである。

画像4。ウシオ電機で開発中のデジタルホログラフィック顕微鏡。会見で配付の資料より抜粋

画像5。通常の光学式顕微鏡とデジタルホログラフィック顕微鏡の仕組みの比較。会見で配付の資料より抜粋

画像6。高精度粒子位置検出アルゴリズムの仕組み。会見で配付の資料より抜粋

そして実際に、微少経路内を流れるトレーサ粒子群にこの技術を適用したところ、各粒子の3次元位置を立体的に測定することに成功した次第だ(画像7~10)。

画像7。測定実験の条件の詳細。会見で配付の資料より抜粋

画像8。ホログラム画像。会見で配付の資料より抜粋

画像9。強度再生像。会見で配付の資料より抜粋

画像10。位相再生像。会見で配付の資料より抜粋

あとは、撮影された連続ホログラム画像に対して、同様の処理を繰り返し、時々刻々と変化していく得られた重心位置データを用いてトレーサ粒子を時系列に追跡することで、3次元の粒子移動速度、すなわち流速の空間分布が得られることになるのである(画像11・12)。

DHM-PTVを用いてマイクロ流れの流速分布を3次元測定した結果。画像11(左)は検出された粒子重心位置の軌跡で、画像12は粒子を追跡して得られた3次元流速ベクトル。会見で配付の資料より抜粋

同手法の最大の特徴は、3次元空間における3次元流速分布を時系列で測定できることだ。デジタルカメラで撮影されるたった1枚(1フレーム)のホログラム画像に、その空間に分散している粒子群の重心位置情報がすべて立体的に記録されているため、その次のフレームと合わせてたった2枚のホログラム画像から3次元流速分布が得られるのである。

これはすなわち、使用するカメラのフレームレートを上げることで、どんなに高速の流れにも対応できることを意味しているというわけだ。

よって同技術を使うことで、高速粒から低速粒まで、微少スケールにおけるさまざまな3時限的な流動を測定、解析することができるようになる。同技術は今後、マイクロリアクター内における複雑な熱流体現象の解明や、インクジェットノズルからfきだす高速噴流の解析、毛細血管内の血流計測など、学術分野から産業分野まで幅広い活用が期待されるという。

課題としては、測定分解能・性度の検証、高速度化(高速度カメラの利用)、解析ソフトウェアと顕微鏡システムの改良などを挙げている。また、仕様は以下の通り。

  • 対物レンズ:M Plan Apo 20X,NA=0.42(ミツトヨ社)
  • トレーサ粒子:ポリスチレン粒子、直径2μm
  • 最適粒子濃度:0.005%(体積割合) *カメラ撮影フレームレート:最大115fps
  • フレーム露光時間:0.8ms
  • 測定領域:282μm×282μm×282μm(最大)
  • 測定分解能:0.03μm×0.03μm×0.1μm(粒子移動距離換算)
  • 測定可能流速範囲:<250μm/s
  • 作動距離:33.5mm

研究グループでは、今回開発粒子検出手法の特許を出願済みで、また今回開発したデジタルホログラフィック顕微鏡や解析ソフトウェアの製品化と販売も視野に入れて、現在開発を進めているとした。具体的には、西華産業からDHM-`TV装置として製品化を予定しており、ウシオ電機からは「微少構造形状測定装置」を製品化する予定だ。