東京大学と筑波大学は、日本学術振興会・日仏2国間共同事業に基づくパリディドロ大学、パリ第6大学との共同研究を発展させ、サボテンにだけ生息することができる特殊なショウジョウバエの進化には、ステロール類の代謝に関わる酵素遺伝子のわずかな変化により酵素の特性を大きく変化させることが密接に関係することを解明したと発表した。

成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻の片岡宏誌教授、筑波大 生命環境系の丹羽隆介准教授、東大大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻/筑波大大学院 生命環境科学研究科 日本学術振興会特別研究員の吉山(柳川)拓志氏、パリ・ディドロ大学CNRS Junior group leaderのVirginie Orgogozo氏、パリ第6大学CNRS senior researcherのChantal Dauphin-Villemant氏らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月28日付けで米国科学雑誌「Science」オンライン版に掲載された。

地球上に生息する多種多様な生物の中には、通常では生存ができないような特殊な環境に適応したさまざまな種が存在している。こうした生物種の進化の過程では、環境への適応を可能にする遺伝子レベルでの変化が伴うことが予想されていた。

しかし、こうした環境適応を十全に説明できる遺伝子を具体的に明らかにした例はいまだに多くない。今回、研究グループは、サボテンのみで生息できる特殊なショウジョウバエに着目し、その進化に関わる遺伝子の変化を明らかにした。

あらゆる昆虫は、卵から成虫へと発育する過程で、「脱皮ホルモン(エクジソン)」(画像1)と呼ばれるステロイドホルモンの作用を必要としている。この脱皮ホルモンは、エサの中に含まれるコレステロールあるいは「シトステロール」(画像2)などの一般的な植物ステロールを原材料として生合成される化合物であり、これは、生物学で非常によく使われているモデル昆虫であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)やカイコ(Bombyx mori)で証明されている。

画像1。脱皮ホルモン(エクジソン)の構造式

画像2。シトステロール

一方、「Drosophila pachea」と呼ばれるショウジョウバエ(パチアショウジョウバエ)は、サボテンには含まれていないコレステロール(画像3)や一般的な植物ステロールを原材料として脱皮ホルモンを生合成することができないこと、さらにサボテンに含まれる特殊なステロールである「ラソステロール」(画像4)を原料として、脱皮ホルモンを生合成することが古典的に知られていた。

画像3。コレステロール

画像4。ラソステロール

こうしたステロール要求性の変化が、パチアショウジョウバエがサボテンのみをエサとする際に重要な契機となったと考えられるが、それを可能にした遺伝子レベルの変化は、これまでまったくわかっていなかったのである。

研究グループではこれまで、キイロショウジョウバエなどを対象とした研究から、脱皮ホルモンを生合成するためのコレステロール代謝に必須の役割を果たす酵素「Neverland(ネバーランド)」を発見し、2006年に公表していた。

さらに片岡教授ら日本側の研究チームは、ネバーランドの酵素活性を調べる手法を開発し、ネバーランドが、昆虫のみならず、動物で進化的に保存されたコレステロール代謝酵素であることを2011年になって報告している。

一連の結果を受けて、ネバーランドの基質がキイロショウジョウバエではコレステロールに限定されていることに着目した研究グループでは、パチアショウジョウバエにおいてはこのネバーランドが進化し、基質となるステロールの特異性が変化したのではないかという仮説を立て、一連の研究を実施した。

その結果、今回、主に以下の4点が明らかになったのである。

  1. パチアショウジョウバエのゲノムにもネバーランド遺伝子が存在する
  2. パチアショウジョウバエにおいてもネバーランド遺伝子は脱皮ホルモン産生器官(前胸腺)で特異的に発現する
  3. パチアショウジョウバエのネバーランドはコレステロールを代謝できず、代わりにラソステロールから脱皮ホルモン生合成のための中間産物を生合成できる
  4. パチアショウジョウバエと、コレステロールを基質とするほかの生物種のネバーランドのアミノ酸配列を比較すると、パチアショウジョウバエの酵素機能を変化させる可能性があるアミノ酸部位はたかだか数カ所のみであり、パチアショウジョウバエのネバーランドで変化している3カ所のアミノ酸を通常型タイプに人工的に変異させると、コレステロールを代謝できる

これらの結果は、パチアショウジョウバエが祖先型の通常のショウジョウバエから進化し、サボテンのみをエサにするという特殊な生育環境下で生存可能になったのは、たった1つの酵素の基質特異性を変化させるような遺伝子レベルの変化が決定的な役割を果たしたことを示している。

酵素の特性に変化を与える遺伝的変化が生物のライフスタイルの劇的な進化に関わることは、理論的には容易に予想されていたが、今回のように酵素遺伝子と実際の進化が具体的に結びついた例はほとんどない。

なお今回の成果は、進化生態学的に重要かつ先駆的なものであり、今後、遺伝子型の変化と表現型の変化を実際の生態学的な側面から理解する機運を大いに刺激すると思われると研究グループはコメントしている。