京都大学(京大)は、レーザー光を用いて作成した人工結晶中に極低温の原子気体をとどめることで、これまで存在していなかった高いスピン対称性を持った新しい量子状態を作り出すことに成功したことを明らかにした。同成果は、同大の田家慎太郎 理学研究科大学院生と高橋義朗 同研究科教授の研究グループによるもので、英国科学雑誌「Nature Physics」に掲載された。

図1 真空容器内のイッテルビウム原子気体。写真中央の緑色の小さな点が波長556nmの緑色光を出して発光しているイッテルビウム原子の気体を表している。原子気体は数mmのサイズ

近年、光格子と呼ばれる人工の結晶をレーザー光で作る技術が確立し、物質が低温で示す特異な性質を極低温の原子気体を使って調べようとする研究が進められており、研究グループでも、よく用いられているアルカリ原子ではなく、様々なユニークな特徴を持つイッテルビウムに着目し、同原子を極低温にまで冷却できる実験技術を開発してきた。今回の研究では、高いスピン対称性を持つイッテルビウム原子を光格子中に導入して、原子の状態を高精度に制御・観測する実験を実施した。

図2 光格子。極低温の原子気体に対向的にレーザー光を照射させ、光の干渉により光格子と呼ばれる周期的な構造を作成する。光格子ではレーザー光の強さにより、原子の動きを制御できる

固体物質で主役を演じる電子は、スピン1/2を持ち、SU(2)対称性を持つ系となる。このスピンを1/2より大きなものを考えた場合、SU(N)と言われる高いスピン対称性を持った系が考えられ、これまで理論的な興味を持って研究がなされてきたが、固体の系でこのSU(N)対称性を持った系を実現することは困難であり、実験的研究は行われてこなかった。

今回の研究では、イッテルビウム原子に含まれるフェルミ同位体を極低温にまで冷却して光格子の中にとどめることで、通常の固体物質系では実現が難しかったSU(N=6)スピン対称性を持った新しい量子状態を作り出すことに成功したという。量子力学ではすべての粒子はボース粒子(ボソン)とフェルミ粒子(フェルミオン)と呼ばれる性質が異なる2種類の粒子に区別されるが、今回の研究ではイッテルビウム原子の豊富な同位体のうち、核スピン5/2を持つフェルミオンを光格子の中に導入した。

図3 ボソンとフェルミオン。絶対温度のゼロ度(絶対零度)ではボソンとフェルミオンはまったく異なった状態となる。ボソンではすべての粒子が最低のエネルギー状態に落ち込んだ状態になるが、フェルミオンでは粒子数に応じて低いエネルギー状態から順に占有されていく。このボソンとフェルミオンの性質の違いが極低温での物性に大きな影響を与えることが知られている

その結果、6成分のフェルミオンが格子点上に1個ずつランダムに入り混じったSU(6)モット絶縁体が生成されていることが確認されたという。

図4 (左)光格子中のモット絶縁体。モット絶縁体では、原子間の強い反発力によって原子が身動きの取れない状態になっている。これが「電流」を流さない絶縁体の性質の由来である。(中央)スピン2成分の原子を4個の格子点にばら撒く方法は24通りある。一方、スピンが6成分あると格子点2個を使うだけで36通りのパターンが得られる。これが温度の違いにつながる。(右)温度測定の結果。6成分の系では2成分の系の半分以下の温度が得られていることが分かる

さらに、実験において、「ポメランチュク冷却」という冷却機構が働いていることを見出された。同冷却機構は、もともと超流動ヘリウム3を実現する超低温を得るために開発された冷却法だが、6成分のフェルミ原子系の場合、強力な冷却法となっていることを、スピン成分の数を変えた比較実験を行うことで確認したとのことで、これは、光格子中の冷却法として、新しい磁性相の実現にも威力を発揮するものと期待されるとしている。

なお、今回実現された高いスピン対称性をもった新しいモット絶縁体状態は、温度をさらに下げることで多様性に富んだ磁性の状態に移り変わっていくと考えられることから、研究グループでは、この状態がどのようなメカニズムで出現するのかを解明することが、物質系の磁性や超伝導などの研究に大きな進展をもたらすものとの予想しており、今後、原子気体を冷却する技術をさらに発展させ、物質の性質を決める原理の解明に向けた量子シミュレータの実現を目指すとしている。