新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)とオリンパスは9月11日、東京大学の協力を得て、「がん超早期診断・治療機器の総合研究開発プロジェクト」の中で、「胸部外科用インテリジェント手術支援ロボット」技術の開発を担当し、ヒジに相当する関節を用いて、肋骨などの障害物を避けながら患部にアクセスして操作が可能な7自由度のマニピュレーターと、それを制御する小型手術支援ロボットの試作機を完成させたことを発表した。

近年、日本において、「心筋梗塞」や「狭心症」をはじめとする心臓疾患は、がんに次ぐ死因の第2位を占めている病気だ。

心臓疾患では、「冠動脈バイパス術」に代表される胸部外科領域の手術が行われ、一般的に胸を大きく切開する。そのため、手術を行いやすい一方で、胸に大きな傷跡が残ることや、長期の入院期間を要することなどが懸念されている。さらに、患者の高齢化に伴い、患者にとってより負担の少ない治療技術の確立が、重要かつ緊急課題となっている。

そこで有効な手法の1つが、「低侵襲治療」を実現する内視鏡下手術だ。内視鏡下手術は、体表面に数個所の小さな穴を開け、術者の「目」となる内視鏡や「手」となる専用器具を体内へ挿入し、内視鏡から映し出される映像を見ながら手術を行う。大きな切開を行わないため、傷が小さく術後の痛みも少なくなるため、早期回復を可能にするという利点がある。しかし一方で、術者にとっては器具の操作に高い技術を必要とするため、未だ限定的な適用に留まっている。

これを受け、NEDOでは平成20年度より、インテリジェント手術機器の基盤技術の確立およびそれらの技術を融合した革新的医療機器の実用化を目指す「がん超早期診断・治療機器の総合研究開発(旧名:インテリジェント手術機器研究開発)プロジェクト(研究代表者:九州大学 大学院 医学研究院 橋爪誠 教授)」に取り組んできた。

その中で東京大学とオリンパスが受け持ったのが、「胸部外科用インテリジェント手術支援ロボット」技術の開発(サブプロジェクトリーダー:東京大学 大学院 工学系研究科 佐久間一郎教授)である。なお、同技術の評価は東京大学医学系研究科の小野稔教授が担当した。

同技術は、体表面に開けた数個所の小さな穴から内視鏡や器具を挿入して手術を行う内視鏡下手術を、冠動脈バイパス術に代表される胸部外科の領域において適用されることを目指し開発された、「マスタ・スレーブ型」の手術支援ロボットだ。

胸部は肋骨で囲まれているため、体表面からのアクセスが難しいだけでなく、呼吸や拍動により絶えず動きがあるなど、手術の難易度が高い臓器・部位を対象とすることが多くなる。

その中でも「拍動下冠動脈バイパス術」は、動いている心臓上で直径約2mmの血管同士をつなぎ合わせるという、難易度の高い手術だ。さらに、心臓背側面へのアクセスは特に難しく、内視鏡および器具の挿入角度や作業範囲は、肋骨などにより制限を強いられてしまう。

これらの制限下でも、内視鏡下手術をより迅速かつ的確に行うことを目的に、オリンパスは物を把持する指に相当するグリッパーに加え、人間の肩・ヒジ・手首に相当する7自由度を有したマニピュレーターと、それを制御する「胸部外科用インテリジェント手術支援ロボット」技術を開発した。ヒジに相当する関節を用いて、障害物を避けながら対象部位へのアクセスと、操作が可能になる点が大きな特徴だ。

開発された技術の概要は、まずマニピュレーター(画像1)が小型であること。マニピュレーターは、手術台上の1m角内に5台配置可能なほど小型で、容易な設置と撤去を実現している。

2つ目は、ロール関節を有した先端3自由度処置具(写真2)。マニピュレーター先端の処置具は、指にあたるグリッパーに加え、ロール関節と2つの屈曲関節という合計3自由度を有し、関節をヒジのように屈曲させた状態で、ロール関節を用いて「針かけ操作」が可能だ。小型なマニピュレーターは、同処置具を含めて全7自由度となる。

3つ目は、多関節を意識させない「マスタ・スレーブシステム」(写真3)。術者の動きをそのまま伝達するマスタ・スレーブシステム型なので、あたかも処置具先端をつかんでいる感覚で、マニピュレーターの多関節を意識せずに自在に操作することができるようになっている。

画像1。小型マニピュレーターの概観

画像2。ロール関節を有する先端3自由度処置具

画像3。手術支援ロボットレイアウト

オリンパスは今回の成果を踏まえてさらなる開発を継続するとしており、さまざまな適用や事業性を含めた実用化に向けた新たなシステムの検討を進めるとしており、日本の高度手術支援ロボット開発がその実用化に向けて着実に進展することが見込まれる模様だ。なお、今回の手術支援ロボットは研究開発段階であり、薬事未承認品である。