北海道大学(北大)は9月4日、「糖尿病網膜症」の網膜血管新生に組織「レニン・アンジオテンシン(RAS)」系が関与し、さらにその上流に位置する「(プロ)レニン受容体((P)RR)」が重要なカギ分子であることをヒト組織において明らかにしたと発表した。

成果は、北大大学院 医学研究科眼科学分野の石田晋 教授らの研究グループによるもの。今回の研究は文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「未来創薬・医療イノベーション拠点形成」(北大)の一環として行われ、研究の詳細な内容は、米国東部時間8月30日付けで欧州糖尿病学会誌「Diabetologia」に掲載された。

近年、超高齢社会をむかえた日本では、眼をはじめとする感覚器や循環器臓器の健康を維持することは、Quality of Life(QoL)の向上に直結する重要課題となっている。

眼科領域では、特に生活習慣病や加齢に伴って発症・進行する網膜疾患の糖尿病網膜症の罹患者数が年々増加している状況だ。糖尿病網膜症は、日本では予備軍を含めると約1400万人が罹患している糖尿病の「3大合併症(細小血管症)」の1つで、網膜における炎症や「血管新生」(既存の血管から新たな血管枝が分岐して血管網を構築する現象)が起こっており、主要な中途失明原因だ。

新たにできた血管はもろくて出血しやすいため、それによって網膜剥離が発生するなど、眼の障害が起きてしまうのが糖尿病網膜症で、主な治療は「光凝固術」や硝子体手術、そして「血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬」を用いた抗血管新生療法などだ。しかし、実際のところは未だ発症の詳細なメカニズムが充分に判明しておらず、新たな治療戦略の確立は、失明や重度の視力障害を回避するための急務となっている。

石田教授らは、これまでに組織RAS系および(P)RRが、眼組織における炎症・血管新生の上流で網膜疾患の分子病態を制御していることを動物モデルで示し、「受容体随伴プロレニン系(receptor-associated prorenin system:RAPS)」という新たな病態概念を提唱してきた。今回、「ヒト増殖糖尿病網膜症」手術サンプルを用いて、組織RASおよび(P)RRの血管新生への関与の検討が行われた。

北大病院眼科を受診の増殖糖尿病網膜症患者より採取した硝子体(23例)と増殖膜(線維性血管膜)(10例)において、(P)RRと病態関連分子の発現を「ELISA法(酵素結合免疫吸着法)」や「免疫組織染色」などを行い、(P)RRの血管活新生動性を検討。対照群には、「黄斑円孔」および網膜前膜患者(16例)の検体を使用した。また、さらに詳細な解析を、ヒト網膜血管内皮細胞を用いて行った形だ。

糖尿病網膜症の網膜血管新生には、VEGFが主要な病態分子であることが知られている。まず石田教授らは、ヒト網膜血管内皮細胞において、プロレニンによる(P)RR刺激でVEGF発現を促進していることを明らかにした。

実際、(P)RRは「線維血管増殖組織」の血管内皮細胞に発現しており、VEGFとの共局在が確認された。そして、増殖糖尿病網膜症患者の硝子体における可溶型(P)RRの発現量は、対照群に比べ有意に増加していることが確認されたのである。

また、可溶型(P)RRの発現量は、硝子体中のVEGF発現量、さらには増殖組織での血管密度と正の相関が認められた。さらに硝子体中の活性型プロレニン量がVEGF発現量と相関していたことから、眼内における組織RASも血管新生に関与していると推察。(P)RRは糖尿病網膜症における血管新生、つまり疾患の進行に関与する重要な分子であることが示唆された。

糖尿病網膜症における可溶型(P)RR量増加のメカニズムの解明は、疾患発症の原因・進行解明に繋がる可能性があるという。また、(P)RRをはじめとするRAPS関連分子が新規薬物治療のターゲットとして、今後の創薬研究において貢献することが期待されると、石田教授らは語っている。