筑波大学は、高濃度カフェインが細胞に死をもたらす毒として作用する機構に、ほ乳類では重要かつ多様な生理活性物質である「プロスタグランジン」の前駆物質である不飽和脂肪酸の「アラキドン酸」が、アポトーシス(プログラム細胞死)とは別の経路で細胞死を促進している仕組みを細胞性粘菌とヒトの培養細胞を用いて明らかにしたと発表した。

成果は、筑波大 生命環境系の桑山秀一講師らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月14日付けで英国のオンライン自然科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

覚醒作用があるカフェイン(画像1)はコーヒーやお茶などに多く含まれており、世界中で日常的に飲用されているアルカロイドの1種だ。しかし、過度の飲用は不安や幻覚などの精神的症状や同機や頭痛などの中毒症状を引き起こし、重症になると死に至ることもある毒物でもある。

画像1 カフェインの分子式

ところが、なぜカフェインを過剰に摂取するとそうした重篤な症状を引き起こしてしまうのか、その分子メカニズムはこれまでのところ不明だった。同様に、カフェインには抗がん作用を増強するという、重要な薬理活性があることも知られていたが、その作用機序も不明なままだったのである。

今回、研究グループがモデル生物の細胞性粘菌(画像2)に対して遺伝子組み換え技術を用いて、「アラキドン酸合成酵素遺伝子破壊株」を作製。高濃度のカフェイン中に同株を浸しても、細胞が死なないことが発見された。

画像2 細胞性粘菌(by M.J.Grimson & R.L.Blanton from DictyBase)

さらに野生株においては、カフェインによってアラキドン酸が産生されること、アラキドン酸を外部から添加した場合には細胞死が促進されることを明らかにし、細胞性粘菌においてアラキドン酸がカフェインによる細胞死を促進していることを解明したのである。ただし、細胞性粘菌には「カスパーゼ」によるアポトーシス機構がないことから、この経路はカスパーゼ非依存的な細胞死であることが予想された。

そして、ヒト培養細胞においてカスパーゼ活性を抑制した条件下で高濃度カフェインの作用を検討したところ、確かにアラキドン酸依存的に細胞死が促進されたことから、ヒトでも同様の機構が働いていることが明らかとなったというわけだ。

今回の研究結果において重要な点は、過剰のカフェインによって細胞死がもたらされる機構として、ほ乳類では重要なプロスタグランジンの前駆物質であるアラキドン酸が促進していることを明らかにしたことである。さらに、アポトーシスとは別の経路で作用する細胞死であることも重要な新知見だ。

冒頭で、カフェインには抗がん剤の効果を増強する特性があることを述べたが、今回の成果によって、その仕組みとしてアポトーシスが関与していないということも判明したことになる。

よって、正常な細胞に影響を与えずにがん細胞だけを特異的に死滅させる作用を持つ、カフェインやカフェイン類似物質、さらにアラキドン酸やその誘導体、類似物質の開発に大きな希望をもたらす研究成果といえよう。

研究グループは今後、アラキドン酸合成酵素以外にもカフェインに対して耐性をもたらす遺伝子を探索し、カフェインによる細胞死に関わる分子の分子メカニズムの詳細を研究する予定としている。さらには、抗がん剤の作用を特異的に増強するカフェインや、アラキドン酸およびそれらの類似物質の探索も行うとした。