国立がん研究センター(国がん研)と理化学研究所(理研)は、肺腺がん患者6029人とがんに罹患していない人1万3535人を遺伝子多型(遺伝子の個人差)の比較解析「GWAS(genome-wide association study/全ゲノム関連解析)」を行い、肺腺がんのかかり易さに関わる2個の新規遺伝子領域を発見したと発表した。

成果は、国がん研研究所 ゲノム生物学研究分野(河野隆志分野長)、同ゲノムコアファシリティ(吉田輝彦分野長)、理研 ゲノム医科学研究センター(久保充明センター長代理)、滋賀医科大学腫瘍センター(醍醐弥太郎センター長)、オーダーメイド医療実現化プロジェクト(久保充明プロジェクトリーダー)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月16日付けで英学術誌「Nature Genetics」オンライン版に掲載された。

肺がんはがん死因第1位であり、年間に本邦で7万人、全世界で137万人の死をもたらす難治がんだ。肺腺がんは肺がんの中で最も発症頻度が高く増加傾向にある。

肺がんの危険因子として喫煙が挙げられるが、肺腺がんは肺がんの中でも喫煙との関連が弱く(相対危険度は約2倍)、約半数は非喫煙者に発症するという特徴を持つ。そのために危険因子がよくわかっておらず、罹患危険群の把握や発症予防は容易ではない状況となっている。この状況を打破するためには、喫煙以外の危険因子の同定と、それに基づく予防法の開発・罹患危険度の診断の方法が必要とされている。

これまで、欧米や理化学研究所の研究グループによるヒトゲノム全域にわたる肺腺がん患者―非がん対照群での一塩基多型の比較解析が行われ、2カ所の肺腺がん感受性遺伝子領域「TERT」と「TP63」が報告済みだ。今回の研究では、さらなる遺伝子領域を明らかにするため、さらなる大規模な解析が行われたのである。

今回は、国がん研やオーダーメイド医療実現化プロジェクト(バイオバンクジャパン)で収集された日本人の肺腺がん患者、もしくはがんに罹患していない対照群の血液DNAについて、高速大量タイピングシステムによる大規模な遺伝子多型の比較解析が行われた。

合計6029人の患者と13535人の対照群の解析により、既報告の2カ所の遺伝子領域、TERT(オッズ比=1.41)及びTP63(p63:オッズ比=1.25)のほかに、2カ所の新しい遺伝子領域、BPTF(オッズ比=1.20)及びBTNL2(オッズ比=1.18)が発見された(画像1)。

画像1。遺伝子多型の危険型を1つ持った時の肺腺がん発症危険度(オッズ比)バーは95%信頼区間を示す。この遺伝子多型の危険型を一つ持つと1.2~1.4 倍、肺腺がんにかかり易くなると推定された

BPTFはクロマチン制御に関わる遺伝子の1つだ。最近、がん細胞において「クロマチン制御」に関わる遺伝子が異常を起こしていることが明らかになり、これらの遺伝子群が、発がんの抑制に関わると考えられている。

一方、BTNL2遺伝子は免疫の制御に関わると考えられている遺伝子だ。遺伝子多型によるこれらの遺伝子の活性の個人差が、肺腺がんの発症のリスクを左右している可能性がある。

今回の発見により、肺腺がんのかかり易さには、喫煙などの環境要因だけでなく、少なくとも4ヵ所の遺伝子領域の個人差が関係することが明らかになった。これらの遺伝要因と環境要因を組み合わせることで、将来的に日本人の肺腺がんの発症リスクの予測が行うことができると期待できるという。

また、これらの領域の遺伝子の個人差の意義をさらに研究することは、肺腺がんの発症のメカニズムの解明、新しい予防法の開発に役立つと考えるとしている。

国がん研では、地域住民やがん検診受診者などを対象に、生活習慣やゲノムを初めとする各種オミックス解析を含めた「分子疫学コホート研究」を推進している形だ。研究グループは今後、これらの研究とも連携することにより、環境要因やゲノム以外のバイオマーカーと組み合わせて、がんの発症要因解明・予防法の開発のために尽力していくとしている。