京都大学は、従来の手法を改良し、血液や皮膚などさまざまな体細胞から3つの方法(レトロウイルス、センダイウイルスあるいはエピソーマルプラスミド)で樹立した28種のヒトiPS細胞を肝細胞へと分化させることに成功し、それらの細胞を比較したところ、ヒトiPS細胞から肝細胞への分化特性の差は由来細胞の種類ではなくドナー(細胞提供者)の違いに起因するところが大きいことが明らかになったと発表した。

成果は、京大iPS細胞研究所の梶原正俊特任研究員、同山中伸弥教授、同青井貴之教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載された。

ヒトiPS細胞はES細胞と同様に無限の増殖能を持ち、三胚葉のすべてに分化する能力を持つことと、個性が明らかなドナーの体細胞から作製できることから、細胞移植治療や薬剤開発、病因解明の研究など、幅広い分野で期待されている。特に肝細胞は薬物代謝を担う重要な細胞であるため、患者と同じ遺伝子を持ったiPS細胞から肝細胞を作成することができれば、薬物代謝の個人差を克服することができると考えられる次第だ。

これまでにヒトES/iPS細胞から肝細胞へと分化させる方法はいくつも報告されてきたが、どの方法でも体内にある肝細胞の機能を完全に再現することはできなかった。

ヒトES/iPS細胞から肝細胞へと確実に分化させるためには、分化手法と同様に使用するES/iPS細胞の品質も重要であると考えられる。iPS細胞の質に影響を与え得る要素として挙げられるのは、由来細胞の遺伝的背景や培養条件、iPS細胞樹立方法などだ。

由来細胞のエピジェネティックな記憶がiPS細胞でも残っていることで、分化特性が影響を受けるとする指摘もある。現時点ではまだ、これらの内のいずれが主要な要因であるのかは確定していない状況だ。

ヒトES細胞からの肝細胞分化誘導法として報告されたものに若干の変更を加え、同じ細胞から樹立した5株のヒトiPS細胞と2株のヒトES細胞を肝細胞へと分化させたところ、17日後には3つの株(iPS細胞2株、ES細胞1株)で肝細胞様の形態を示す細胞が観察された(画像1・2)。

またそれらの細胞では、肝細胞に特徴的な遺伝子の発現も見られたが、ほかの細胞ではほとんど発現していなかった。このことから、ヒトiPS細胞とヒトES細胞を肝細胞様細胞へと分化させることができるものの、その分化特性は株によって異なることを示している。

画像1(左)は肝細胞様細胞に分化したiPS細胞(hiPSCs(201B6))で、画像2は同じく肝細胞様細胞に分化したES細胞(hESCs(KhES3))の姿

前述の実験では、分化誘導する際、ヒトiPS細胞・ES細胞は集塊のまま培養したが、この方法では細胞塊のサイズや細胞間の相互作用をコントロールすることができないため、培養方法が分化特性のバラつきをもたらしている可能性が考えられた。

そこで、研究グループは細胞をバラバラにして分化誘導する方法を確立。この新たな方法を用いて、前述のヒトiPS細胞・ES細胞への肝細胞への分化誘導において、最も肝細胞様細胞へ分化したiPS細胞株「201B6」(画像3)と最も分化しなかったiPS細胞株「201B7」(画像4)で肝細胞で比較。

その分化特性が調べられた結果、最終的な肝細胞へは201B6の方が201B7よりも分化しやすいという結果になった(画像5・6)。一方、肝細胞への分化の途中段階である「内胚葉細胞」への分化は、両者で同様に高い効率を示した。

画像3(左)が最も肝細胞様細胞へ分化した201B6で、画像4が最も分化しなかった201B7。画像の内、緑は内胚葉に分化した細胞(SOX17発現)で、赤は未分化な細胞(OCT3/4)。分化誘導開始7日目に撮影

改良した分化誘導方法を用いて、「線維芽細胞(aHDF)」・「歯髄細胞(DP)」・「末梢血細胞(PB)」、そして「臍帯血細胞(CB)」から樹立したさまざまなヒトiPS細胞とES細胞から肝細胞への分化特性が調べられた。

すると、末梢血細胞から樹立したiPS細胞で肝細胞の特徴を示すマーカーであるアルブミンの分泌量が顕著に高いレベルを示した(画像5)。この結果は、末梢血由来iPS細胞が肝細胞への分化には適した細胞であるとの結論を導くかに思われた。

ところが、その実験では線維芽細胞由来のiPS細胞はすべて同じドナーから樹立した細胞で、血液細胞は2名のドナーから樹立した細胞だったので、細胞を採取したドナーの違いによって分化特性に差がでてくる可能性を否定できなかった。

そこで、同じドナーから採取した線維芽細胞由来のiPS細胞と末梢血由来のiPS細胞を作製し、それぞれ肝細胞への分化特性の検討を実施。3名のドナー(パーキンソン病患者2名と健康な方1名)から樹立したiPS細胞を用いたところ、いずれの細胞も内胚葉への分化を示す「CXCR4-陽性細胞」への分化は高い確率で起こったが(画像6)、肝細胞への分化を示すアルブミンの分泌量は、由来となる細胞による違いがほとんど見られず、むしろドナーの違いが肝細胞への分化特性に大きな影響を与えていることが明らかになった。

画像5(左)は、肝細胞に分化した指標であるアルブミン分泌量(分化誘導後21日目)。画像6は、CXCR4陽性細胞の割合(分化誘導後7日目)。画像5も6も、上が201B6で、下が207B7

続いて分化特性の違いが、どういう分子メカニズムに起因するのか特定するため、肝細胞様細胞へよく分化したiPS細胞株の201B6と、ほとんど分化しなかった201B7とで遺伝子の発現パターンを比較を実施。すると、ほとんど違いが見られなかった。

また、同じドナーから採取した線維芽細胞由来iPS細胞と末梢血由来iPS細胞での比較も実施。やはり差は見られなかった。DNAのメチル化状態についても肝臓に特徴的な転写因子が結合する部位を中心に検討が行われたがいずれも、比較したiPS細胞株間で差は見られなかったのである。

今回の研究では、ドナーの遺伝的背景が、ヒトiPS細胞の肝細胞への分化に大きな影響を与えることを明らかにした。これまでの研究ではさまざまなドナーからiPS細胞を樹立し、比較したものがあるが、これらの研究で見られた差は由来となる細胞の違いよりはドナーの違いによるものである可能性が考えられるという。今回の結果は、iPS細胞の性質を比較する際にはドナーの違いによる影響が大きいので、それを考慮に入れる必要があることを示している。

iPS細胞やES細胞の特性の多様性に関する多くの研究が行われている中、今回の研究はそれらの研究のあり方や報告された結果のとらえ方に一石を投じるものであると考えられると、研究グループはコメントしている。