京都大学(京大)は、熱輻射スペクトルの制御による熱エネルギーの有効利用を実証することに成功したと発表した。同成果は、同大の野田進 工学研究科教授、浅野卓 同准教授、メーナカ・デ・ゾイサ 同研究員らの研究チームによるもので、英科学誌「Nature Photonics」オンライン速報版に掲載された。

一般に、物質を加熱すると、物質内の電子の動きが活発になり、光を放出するようになり、こうして電子系から発せられた光は、物質内部で再び電子系と相互作用し吸収される。こうした光の放出と吸収は、物質内で繰り返し行われ、やがて熱的に安定した状態に落ちつき、物質から、その温度に応じたスペクトルを持つ光が放出されることとなる。通常、こうした熱輻射は、連続した周波数を持つ電子系と光のランダムな相互作用により起こるために、広いスペクトルを持つこととなる。良く知られるプランクの黒体輻射の式は、すべての波長において熱平衡状態に至った時の熱輻射スペクトルを記述しており、幅広いスペクトルを与えるが、この熱輻射スペクトルが幅広い波長域を示すという特徴は、電子や光などの基本的な性質から生じているため、これを制御することは難しいと考えられてきた。

しかし、これらの原理を逆に、もし物質内部での電子系と光の相互作用が、ある特定の波長のみで起こるように制御することが出来れば、その波長のみで熱輻射が生じると期待されることとなる。つまり、光の放出・吸収が特定の限られた波長域でのみ強く起こるように、電子の状態、光の状態、さらに両者の相互作用の強さを制御することが出来れば、物質の熱エネルギーを狭帯域の熱輻射スペクトルとして取り出すことが可能となるはずであり、研究チームは今回、物質中の電子と光の状態およびそれらの相互作用を制御するための新たな方法を考案した。

具体的には、電子の状態の制御のために「量子井戸」構造を採用し、電子遷移の波長が連続的ではなく離散化されるようにしたほか、周期的な屈折率分布を持つ人為的な光の結晶構造である「フォトニック結晶」を導入し、離散化された電子遷移波長のみで、光が強い共振作用を起こす、すなわち、限定された波長域のみで、電子と光の強い相互作用が起こる構造を考案した。量子井戸材料としては、AlGaAs/GaAsを用い、離散化された電子遷移の波長を10μm程度に設定したほか、同波長域で強い共振作用を得るため、量子井戸構造に直接フォトニック結晶構造を形成し、その周期は、6.5μmに設定した。さらに、同人工物質には、外部から熱エネルギーを与えることが出来るように電線を設けてあり、物質に電気を流すことで、ジュール加熱の効果で熱エネルギーを与え、この際、与えた熱エネルギーが熱対流などで失われないように、物質を真空中に保持するとともに、電流注入用の電線として、電線そのものを介した熱伝導によるエネルギー損失を防ぐため、熱伝導率の低いマンガニン線を採用した。

図1 熱輻射制御のための人工物質の構造

開発した人工物質に、外部から一定の電力(11.2mW)を供給して加熱した場合の、熱輻射の実際の様子を図2(a)に示す。同図から、量子井戸とフォトニック結晶の両方が形成されている部分において、強い熱輻射が生じていることが分かるほか、同図(b)では、人工物質から放射された熱輻射スペクトルを測定した結果が示されている(比較のため、一般化された通常の物体、すなわちどの波長においても電子系と光の相互作用が十分に生じる物体である黒体に同じ電力を注入した場合の熱輻射スペクトルも示されている)。同図より、今回開発した人工物質からの熱輻射スペクトルは、参照用の黒体スペクトル比で、帯域幅は1/30程度と狭く、かつピーク強度は4倍以上になっていることが確認された。これは、黒体においては様々な波長への熱輻射に使われてしまうエネルギーが、人工物質中では、ピーク波長近傍のみに集中して活用されていることを示す結果であり、エネルギーの高効率利用が出来ている証拠と言える。

図2 人工物質に外部から電力を投入し、加熱したときの熱輻射特性。(a)が人工物質に11.2mWの電力を投入したときの赤外線写真、(b)が電力11.2mWを投入したとき、人工物質からの発光スペクトル(赤線)、青線は比較のための同電力投入時の黒体のスペクトル

また図3は、同じ入力電力に対する人工物質および参照用の黒体の温度を比較した結果を示したものだが、人工物質の温度の方が高い温度になっていることが見て取れる。これは、無駄な熱輻射が禁止されたことで、そのエネルギーが物質内部に蓄えられたため、物質の温度が上昇したことを意味しており、望まない帯域の熱輻射によるエネルギーの損失を抑制できている証拠だと研究チームでは説明している。

図3 入力電力に対する人工物質と黒体の到達温度の比較

今回の実験では、熱輻射の波長域として、10μmの波長が用いられたが、今後、別の材料系、例えばGaN/AlGaN量子井戸系などへと展開することで、より短波長(1μm未満)へと展開することが可能となると考えられるという。また、その他にも様々な材料的な工夫を行うことができるものと考えられることから、太陽光を一度、熱輻射制御のための人工物質に照射・蓄積し、この人工物質から制御された狭い波長域の光のみを効率良く放出させることで、太陽電池で受光可能な波長域の輻射エネルギーを大幅に増大することが可能となり、40%を超える極めて高効率な光電変換が可能になるものと期待できるという。さらに、地熱などを活用した熱光発電や、熱の出ないランプ、極めて高効率の分析用赤外光源など、様々な応用も期待できるという。

図4 狭帯域人工物質を用いた高効率太陽電池システムの概念図