農業生物資源研究所(生物研)、筑波大学、名古屋大学(名大)の3者は7月9日、昆虫に病気を引き起こすカビ「緑きょう病菌」から、昆虫の脱皮や変態を制御する「脱皮ホルモン」を分解する酵素「E22O」を発見したと発表した。

成果は、生物研 昆虫科学研究領域 昆虫成長制御研究ユニットの神村学主任研究員、筑波大 生命環境系の丹羽隆介氏、名大 大学院生命農学研究科の新美輝幸氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月11日付けで米科学誌「The Journal of Biological Chemistry」に掲載された。

脱皮ホルモンは、昆虫を初めとする節足動物が持つホルモンで、脱皮を初め、変態、休眠、生殖などのさまざまな現象を制御している(画像1)。脱皮ホルモンの濃度を高めることによて昆虫の成長を操作する技術は、すでに実用化済みだ。例えば、脱皮ホルモンと同じ働きを持つ合成化合物が、殺虫剤として農業害虫の防除に使用されている。

画像1。脱皮ホルモンは、脱皮のほか、変態、休眠、生殖など昆虫のさまざまな現象を制御する

一方、脱皮ホルモン濃度を人為的に下げることはできていなかった。脱皮ホルモン濃度を下げることにより、昆虫の成長を操作することができれば、その技術を農薬の開発などに広く利用できると期待されるているのである。

養蚕業で問題となるカイコの疾病の1つである緑きょう病は、カビの1種である「緑きょう病菌」がカイコに感染して起こる病気だ。緑きょう病にかかったカイコでは脱皮が起こらなくなってしまう。

生物研ではこれまでに、緑きょう病菌が「脱皮ホルモンを分解する酵素」を分泌し、カイコの脱皮を阻害することを明らかにしていた。この脱皮ホルモン分解酵素を利用すれば、昆虫の脱皮ホルモン濃度を人為的に下げることができると考え、この酵素の特定に取り組んだというわけだ。

その結果、緑きょう病菌から、脱皮ホルモン分解酵素E22Oを特定することに成功した。E22Oはほかの脱皮ホルモン分解酵素よりはるかに効率よく脱皮ホルモンを分解することがわかったのである。

E22Oをカイコに注射すると、脱皮ホルモン濃度が下がり、脱皮や変態がうまくできなくなった。また、若い幼虫にE22Oを注射すると、脱皮回数が1回減る早熟変態が起こり、小さな蛹になることも確認。このように、E22Oはカイコの脱皮ホルモン濃度を実際に下げ、脱皮・変態をさまざまに操作できることがわかったのである(画像2)。

ガ、ハエ、甲虫、カメムシなどのさまざまな害虫類でも、E22Oを注射することにより脱皮や変態を抑えることに成功した。さらに、E22Oを注射したガの1種の幼虫では、脱皮せず何カ月も餌を食べずに生き続けた。これらの幼虫では寒さに耐える力が強くなり、また、寒い環境に一定期間おいた後に成長が再開されることから、休眠(冬眠)が誘導されたものと考えられる。

このように、多くの虫で、E22Oを脱皮ホルモンが関与する幅広い現象の操作に利用できることが判明したというわけだ(画像3)。

画像2。脱皮ホルモン分解酵素E220は、昆虫の成長を阻害する

画像3。E220はガ、ハエ、甲虫、カメムシなどのさまざまな害虫類にも有効なことが証明された

今回の成果により、さまざまな害虫類で、E22Oを使って脱皮ホルモン濃度を下げ、その影響を見ることが可能になった。この現象を詳しく解析することにより、脱皮ホルモン濃度を下げる効果を持つ農薬の開発が進むと期待されるという。

また、E22Oを使って有用昆虫に人為的に休眠を誘導することにより長期に保存したり、カイコの成長をコントロールすることにより効率的に有用物質を生産できるようになることも期待できると研究グループはコメントしている。