農業生物資源研究所(生物研)、佐賀大学、米ロードアイランド大学の3者は、昆虫に病気を引き起こす昆虫病原細菌の1種である「Bacillus thuringiensis」が作る殺虫性タンパク質「Bt毒素」に抵抗性を持つ原因遺伝子の1つを突き止め、毒素抵抗性のカイコでは、膜タンパク質「ABCトランスポーター」の遺伝子の変異により、Bt毒素感受性が低下して抵抗性になることが判明したと発表した。

成果は、生物研 昆虫科学研究領域 昆虫微生物機能研究ユニットの宮本和久上級研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月25日付けで「米科学アカデミー紀要(PNAS)」にオンライン掲載された。

Bacillus turingiensis(画像1)が作るBt毒素は、特定の昆虫グループに対する殺虫性が高く、その一方で哺乳動物には無害なことから、殺虫剤(BT剤)として使用されている。さらにBt毒素の遺伝子は、ワタやトウモロコシなどの作物に組み込まれて、耐虫性作物(Bt組換え作物)の開発にも利用されているところだ。

画像1。Bacillus turingiensisの胞子(楕円形)と殺虫性タンパク質の結晶体(ひし形)

しかし、BT剤を連続して使用すると、ほかの殺虫剤と同様に、害虫の「抵抗性発達」(耐毒性を獲得してしまう)が問題となる。このような抵抗性発達を抑える技術を開発するためには、Bt毒素の抵抗性に関わる遺伝子を究明することが重要だ。近年、ABCトランスポーターの遺伝子が抵抗性遺伝子の1つと推定されたが、実際のところはまだ証明はされてはいなかった。

ちなみに、生物研が有するカイコの中には、Bt毒素に対して強い抵抗性を示す系統がいる。そこで、カイコのゲノム解析の成果や遺伝子組換え技術を利用して、Bt毒素抵抗性遺伝子を突き止める研究に取り組んだという次第だ。

生物研が保存しているカイコの系統の内、Bt毒素に感受性の606号(画像2)と抵抗性の401号(画像3)とでは、感受性が300倍以上も異なっていた。両系統の交配実験及び戻し交雑により得られた抵抗性個体のゲノム解析から、抵抗性遺伝子は劣性の遺伝子であり、第15番染色体上にあることがわかった。

画像2(左)が感受性カイコの606号で、画像3が抵抗性の401号。これらを交配させ、殺虫試験を行ない、生き残った個体のDNA配列を調べることで、抵抗性遺伝子の解明が行われた

次に、カイコのゲノム情報を利用した「ポジショナルクローニング法」により、ABCトランスポーター遺伝子が抵抗性に関わることを推測。このABCトランスポーター遺伝子は、消化管の細胞でのみ発現していた。

抵抗性と感受性の両系統でABCトランスポーター遺伝子を比較したところ、抵抗性系統では、推定されるアミノ酸配列に「チロシン」が1つ余分に入っており、これが感受性を抵抗性に変えた原因であると考えられたのである(画像4)。

画像4は、カイコのBt毒素抵抗性の仕組みにおけるABCトランスポーターの役割を推定した模式図。感受性カイコの場合、Bt毒素が消化管の細胞膜に結合すると細胞膜に穴が開き、細胞は膨潤して壊れて死に至る。抵抗性カイコでもBt毒素は細胞膜に結合するが、細胞に変化は起きない。

画像4。カイコのBt毒素抵抗性のしくみにおけるABCトランスポーターの役割の推定

この考えを裏付けるため、遺伝子組換え技術を用いて、感受性カイコのABCトランスポーター遺伝子を抵抗性カイコに導入して働かせ、その幼虫にBt毒素を食べさせたところ、すべて死んでしまい(画像5・6)、抵抗性が感受性に変わったことが判明した。すなわち、抵抗性はABCトランスポーター遺伝子の変異が原因であることが証明されたのである。

形質転換カイコの殺虫試験の結果。画像5(左)は遺伝子導入に使用した抵抗性のカイコ。Bt毒素を処理したクワの葉を食べても元気だった。画像6は、感受性カイコ由来のABCトランスポーター遺伝子を導入した抵抗性カイコ(右)。その結果感受性に変化し、処理したクワの葉を食べている途中ですべて死んでしまい、クワの葉が残った

今回の研究成果により、今後少なくとも2つの展開が可能となるという。1つ目は、このABCトランスポーターが、Bt毒素が殺虫作用を示す上でどのような働きをし、アミノ酸1個の挿入が抵抗性とどう関わるのかを研究することで、まだ不明な点の多いBt毒素の作用の解明に迫ることができるとする(画像4)。

2つ目は、「コナガ」などの害虫で見られるBt毒素抵抗性が、今回カイコで明らかにされた遺伝子と同じ遺伝子によって引き起こされているかどうかを調査することだ。今回証明された抵抗性遺伝子に関しては、すでに一部の害虫で抵抗性への関与を示唆する報告が出ているという。

また、害虫の抵抗性遺伝子が解明された際には、防除対象の害虫がBt毒素に抵抗性か否かを簡便にモニタリングする技術の開発が期待されるとも、研究グループはコメントしている。