国立遺伝学研究所(遺伝研)は7月4日、抗がん剤「シスプラチン」や「マイトマイシンC」により引き起こされる、DNA2本鎖間の架橋(共有結合)を、DNAの切断と組換えを使って修復するのに、「Mcm8」及び「Mcm9」というタンパク質の複合体が関与することを初めて見出したと発表した。

成果は、遺伝研の西村浩平研究員、同じく鐘巻将人准教授、同じく堀川一樹准教授(現・徳島大学特任教授)、同じく深川竜郎教授、京都大学・放射線生物研究センターの石合正道准教授、同じく高田穣教授、大阪大学の滝澤温彦教授らの共同研究グループによるもの。

研究の詳細な内容は、米科学誌「Molecular Cell」8月24日号に掲載の予定で、それに先立ち、オンライン版に日本時間7月6日付けで掲載された。

細胞の染色体を構成するDNAは、紫外線、細胞内酸化ストレスなど、さまざまな要因によりダメージを受ける。細胞はダメージを元の状態に修復するシステムを持っており、DNAのダメージを認識すると、まずこのシステムを使ってダメージの回復を図る仕組みだ。

このシステムで修復できないほどのダメージを受けた場合、細胞は次に、自発的な細胞死を使って適切な生命環境を維持しようとする。しかし、まれにダメージが修復されない上に、細胞死まで免れてしまう場合があり、それががんの原因となってしまう(画像1)。

画像1。細胞内でのDNA修復と細胞死、がん化との関係性

シスプラチンやマイトマイシンCは、現在、抗がん剤として広く使われている薬の1つだ。これらの薬剤は、DNAダメージの1つ、「DNA鎖間架橋」を引き起こす。治療の現場では、これらの薬剤を高濃度で使用することで、細胞に修復不可能なDNAダメージを起こさせ、細胞死を誘導している。しかし、これらの抗がん剤は、がん細胞・正常細胞の区別なくDNA鎖間架橋を起こしてしまうため、重篤な副作用や新たながん細胞の誘発が問題となっている状況だ。

このタイプの抗がん剤による染色体異常を非常に起こし易い疾患が、先天性の「ファンコニ貧血症」だ。ファンコニ貧血症の患者は、特定のDNAダメージに対する修復能が低いことが知られており、現在、特定されている15個の原因遺伝子はすべてDNA鎖間架橋修復システムに関係している。

ファンコニ貧血症患者の発がん率は非常に高く、抗がん剤が引き起こすDNA鎖間架橋において、通常の細胞内でどのように修復がなされるのかを理解することは、ゲノム安定性と発がんの関連、遺伝病の理解、そして効率的ながん治療の開発として、重要なテーマとなっているところだ。

シスプラチンやマイトマイシンCが引き起こすDNA鎖間架橋は、DNAの複製時に修復される。この修復は、「Mcm2-7」と呼ばれるDNA複製装置「レプリソーム」が架橋部分に到達したことを合図に開始され、その後、架橋部分のDNAの切断が起こり、最終的には「相同組換え」を利用した修復が行われると考えられている。

このように、DNA2本鎖の結合修復においては、複製、修復、組換え機構を総動員したユニークな修復機構が働いているが、その詳細はまだ理解されていない。ヒトを含む多くの真核生物のDNA上には、レプリソーム構成因子Mcm2-7ヘリカーゼと同じ祖先タンパク質より進化したMcm8とMcm9という遺伝子が存在しているが、これまで動物細胞内における機能はわかっていなかった。

研究グループは今回、Mcm8及びMcm9と呼ばれるタンパク質が細胞内で複合体を形成し、シスプラチンやマイトマイシンCなどの抗がん剤が引き起こす、DNA鎖間架橋修復に関与していることを明らかにした形だ。

Mcm8-9複合体は、DNA複製時に検出されたDNA2本鎖の結合部分が、ファンコニ貧血症原因因子の作用を経て、DNA切断と相同組換えにより修復される過程において、2本鎖DNAを巻き戻す「ヘリカーゼ」として機能していると考えられる。

今回の研究成果は、細胞内でのDNA2本鎖の結合修復機構の解明に貢献するだけでなく、将来的には、効率的な細胞死を引き起こす、低用量抗がん剤治療法の開発に役立つと考えられるとした。またMcm8もしくはMcm9は、ファンコニ貧血症の原因になっている可能性もあり、今後の臨床学的解析が期待されるという(画像2)。

画像2は、Mcm8-9複合体のDNA2本鎖の結合修復における役割の流れを追った模式図。DNA複製過程において2本鎖の架橋部分が障害となるため、複製は停止してしまう。その後、ファンコニ貧血症原因因子と呼ばれる一連の因子が活性化され、DNA切断が誘導される。その後、組換え修復が起きるが、Mcm8-9はこの過程で機能しているというわけだ。

画像2。Mcm8-9複合体のDNA2本鎖の結合修復における役割

相同組換えに関与する因子の多くは、精子や卵形成時に父親由来と母親由来の染色体を部分的に入れ換える減数分裂相同組換えにも関与している。今回の研究により発見されたMcm8-9複合体は、減数分裂組換えにも関与している可能性があるという。実際、ショウジョウバエのMCM8遺伝子の欠損は、減数分裂の異常を示すことが知られている。

さらに近年、女性における早期閉経とMCM8遺伝子の変異に相関性が見られることも報告されているところだ。Mcm8-9複合体の機能を今後より詳細に研究することにより、減数分裂組換えの基本メカニズム理解にも貢献できると考えられると、研究グループはコメントしている。