京都大学(京大) 大関真之 情報学研究科助教らは、カナダ、スイス、アメリカ、スペインの各研究機関と構成した国際的共同研究チームにより、量子コンピュータの実現に必要不可欠な誤り訂正技術について、これまで考えられていた性能限界を超える符号形式を開発したと発表した。同成果は米国科学誌「Physical Review X」に掲載され、同「Physics」誌内で取り上げられたほか、米国科学誌「Physical Review A: Rapid Communications」に速報として掲載された。

量子コンピュータは、複数の入力情報を並列的に同時処理を行うことで、従来とは桁違いの計算性能を実現できるといわれている。実際の演算は重ね合わせの原理と呼ばれる多数の状態を同時に含むことのできる量子状態「キュービット」を用いて行われるため、そこで生じる誤りの種類は、従来のデジタル情報のような"0"と"1"の間の「反転誤り」だけでなく、多数の状態の混ざり方の比率を表す連続的な数値上の「位相誤り」の2種類が存在し、これが量子コンピュータにおける誤り訂正を困難にしている最大の要因となっていた。

従来形式では、反転誤りと位相誤りの2種類を別個に取り扱い、1キュービットあたり、理論限界として知られていた11%程度の誤り率まで許容されるトーラス符号と呼ばれる手法が考案されていた。

トーラス符号。赤の格子点、青の格子点が各辺においてあるキュービットの状態を検査。検査結果は独立に扱われて反転、位相誤りの修正に使われる

一方、光の偏光状態を変化させることにより、特徴的な2種類の誤りを混ぜ合わせる「偏極解消(depolarization)」という技術もあり、今回の研究では、この偏極解消技術を組み合わせることで、あえて2種類の誤りを混ぜ合わせ、2種類の誤りを同時に取り扱うという逆転の発想による誤り訂正技術が提案された。

偏極解消トーラス符号。赤、青の検査演算(オレンジ、水色矢印)を連動させて、反転、位相誤りの修正を協同的に行う(黄色星印)。修正の複雑さは変わらず、しかも誤り耐性が増すこととなる

今回、研究の結果、この理論的性能限界がこれまで考えられてきた理論限界11%を超す1キュービットあたり18%程度であることが明らかとなった。このため、この偏極解消されたトーラス符号では、従来型に比べて誤り耐性が大きく向上されることが判明したのだ。

大関 助教はこの偏極解消トーラス符号の理論および解析部分を担当し、より現実的に想定される設計ミスなどにより生じるキュービット欠損に対しても、従来形式よりも誤り耐性がある事を明らかにしている。

この結果は、量子情報理論とは一見何の関連性もないように思われる統計力学の手法を用いて導き出されたものだという。統計力学は原子・分子が集まった物質の性質を調べる学問領域であり、今回の研究では、強磁性体とのアナロジーを利用して行われた。強磁性体はスピンにより強い磁性を発揮するが、スピン間に欠陥が生じることで磁性が弱まることから、この欠陥がキュービットに生じる誤りであると対応付けることで、磁性に対応する"誤り耐性"の解析が可能となったという。

今回の誤り訂正技術による理論的性能限界が18%へと引き上げられたことにより、量子コンピュータのデバイス設計基準に余裕ができることとなる。また、より現実的な設計ミスによるキュービット欠損に対しても、従来形式より耐性がある事が示されたことは、量子コンピュータの実現および実用化に向けた大きな一歩といえる。そのため、研究チームでは、今後の実装実験と共に、より現実的な状況に対する誤り訂正技術との連携により、さらに有効な誤り訂正技術の開発に向けた道筋が開けたとコメントしている。