京都大学(京大)とNECは6月6日、電圧で局所的な磁極反転スピードを従来比で20倍向上させた磁気メモリの新たな書き込み技術を開発したと発表した。

同成果は、同大 化学研究所の小野輝男 教授、同 小林研介 准教授(現 大阪大学 教授)、同 千葉大地 准教授、同 河口真志 修士課程学生、同 島村一利 博士後期課程学生、NECの深見俊輔氏(現 東北大学 助教)、同 石綿延行氏らによるもので、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、個人型研究(さきがけ)の「ナノシステムと機能創発」研究領域における課題の一環として行われた。詳細な内容は英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

HDDや磁気メモリなどでは、NとSの磁極方向を外部から加えた磁界により反転することで情報を記録する。このような電気的に磁極方向をスイッチするデバイス動作は省エネ化・高速化の観点から盛んに研究されている。中でも、磁壁の移動が注目されている。磁壁とは、異なる磁極方向を持つ磁区と磁区の境界にできるナノオーダーの磁化のねじれ領域で、磁界や電流を加えることによって動かすことができる。これにより、局所的な磁極方向を反転させることができる。

2011年に研究チームは、絶縁膜をコバルト磁石と対向電極でサンドイッチしたコンデンサのような構造をする素子に電圧を加えることで、コバルトの磁力を消したり元に戻したりすることに成功した。また、磁極方向を反転させるのに必要な磁界(反転磁界)についても、加えた電圧によって変化することも発見しており、今回の研究では、同成果を基盤に、細線状に加工した金属のコバルトでできた磁石の薄膜を持つ同様の素子に、絶縁膜を介して電圧を印加することで、細線中を移動する磁壁のスピードを最大で20倍変化させることに成功した。

図1は今回の素子構造で、コバルトの細線の幅は20μm。細線上に、酸化ハフニウム絶縁膜、金の対向電極を配し、コバルトに絶縁膜を介して電圧を印加できる構造となっている。矢印は原子一個一個の磁化方向を示している。磁化のねじれ構造が磁壁。図内の赤矢印の方向に磁界を加えると、磁壁は右側に移動し、下向きの磁化領域が広がる。つまり、局所的な磁極反転を引き起こすことができるようになる。

図1 今回の研究で開発された素子構造

図2は観測された磁壁のスピードの印加電圧依存性(縦軸は対数スケール)。黒・赤・青の点は異なる磁界強度で観測した結果となっている。正負の印加電圧で、最大で20倍の磁壁のスピードの変化を観測した。磁壁のスピードは外部磁界を大きくすると早くなることが分かるが、印加電圧を正負に振ることによっても、一桁以上変化していることが分かる。

図2 磁壁のスピードの印加電圧依存性

外部磁界を加えなければ、磁壁は通常は元の位置から動かない。細線を作った時に自然にできる、磁壁にとってエネルギーの低い箇所(ピンサイト)に留まるからで、このような箇所は細線中にランダムに存在するが、外部磁界を加えると、図3のように、磁壁はそこを渡り歩いて一方向に移動できるようになる。元のピンサイトより、隣のピンサイトの方がエネルギー的により安定になるためだ。ピンサイト間にはエネルギー障壁があるが、磁壁はこの障壁を熱エネルギーのアシストを受けて乗り越える。詳しく解析した結果、この障壁の高さが、加えた電圧によって高くなったり低くなったりしていることが判明した。磁壁の移動スピードは、この障壁の高さに指数関数的に依存するため、電圧を加えることでそのスピードを制御することが可能となった。これは、局所的な磁極反転のスピードを向上させる新しい手法となり得る成果とコメントしている。

図3 磁壁スピードが電圧を加えることで変化する概念図

なお、今回の手法により、少ないエネルギーで必要な磁壁スピードが得られれば、将来的に磁壁の移動を用いた磁気メモリをはじめとする情報記録装置の書き込みにおける省エネ化・高速化の道が開けるという。また、磁壁を利用した磁気記録技術は積極的に提案・開発が進められる段階に入ってきており、今回の成果がその発展に寄与する可能性は大きいものと研究チームでは説明している。