東京大学生産技術研究所(東大生産研)は、放射性セシウムイオン吸着材として、安価で簡便に作製できて丈夫なことからとても扱いやすいことを特徴とする、人工青色顔料「プルシアンブルー」を固定化した布を新規開発し、福島県での検証実験において、雨どいの水を飲料水の基準値以下にまで除染できたことを実証したと発表した。

成果は、東大生産研の迫田章義教授、工藤一秋教授、立間徹教授、石井和之准教授、藤井隆夫技術専門員、赤川賢吾助教、藤田洋崇助教、小尾匡司大学院生らの研究グループによるもの。

福島第一原子力発電所における未曾有の事故以降、放射性物質による環境汚染が深刻な問題となっている。中でも半減期が長いセシウム137イオンを水や土壌から除くことが最重要課題だ。

セシウム137についてはご存じの方も多いかと思うが、改めて説明すると、ウラン235の核分裂などによって生成する放射性物質の1つである。半減期は約30年であり、福島第一原発の事故において、長期の放射能汚染の主因になると考えられている。水や土壌においては、1価の陽イオンであるセシウム137イオン(137Cs+)として存在していると考えられる。同じセシウムでも、セシウム134は約2年とセシウム137に比べればだいぶ短い。

東京大学生産技術研究所では、化学系の有志が集まって震災が発生した2011年3月から議論を始め、セシウムイオンに対する吸着材を開発して、それを用いた除染プロセスを開発している。

迅速かつ広範の除染を実現するため、吸着材には、安価で大量生産に適していることと、専門家でなくても容易に扱えることが求められることを念頭にして開発が進められてきた。

セシウムイオンに対する吸着材として、多数の研究機関などでも利用されているのが、人工の青色顔料であるプルシアンブルー(ベルリンブルーという名称もある)だ。ドイツなどでは、体内からのセシウム除去を目的とした医薬品として販売されている。今回の開発でも、このフェロシアン化カリウムと塩化第二鉄から合成される人工顔料が使用された。

プルシアンブルーは適切に合成すれば(製法などによって組成や構造にわずかな違いが生じ、性質も異なる)非常に安定で、難溶性という特徴を持ち、陽イオン、とりわけセシウムイオンを選択的に吸着することが知られている。チェルノブイリ原発事故の際にも、牛に飲ませて牛乳などにセシウムイオンが出るのを防いだという。

原料の1つであるフェロシアン化カリウムは、一見すると物騒な雰囲気の名称だが、厚生労働省により食品添加物として認められ、食塩に固結防止剤として加えられている物質だ。一方の塩化第二鉄も栄養強化に関する食品添加物として認められている。

プルシアンブルーは一般に細かな粉末状であるため、水や土壌の除染に使うには、繊維などに固定化することが必要である。しかし、プルシアンブルーを繊維から脱落しにくくするためには、電子線による前処理などが必要であるため、生産に手間や費用がかかるという問題があった。

そこで当研究グループでは、プルシアンブルーを繊維に固定化する新しい方法を開発(画像1・2)。同方法の特徴は以下の通りだ。

  1. プルシアンブルーとなじみやすいセルロース系の繊維を用いるため、前処理が不要である。
  2. 2種類の原料溶液へ繊維を順次浸すだけの簡便な作製法である。
  3. 得られた吸着材は丈夫で、プルシアンブルーが脱落しにくい。
  4. 切断も容易で、さまざまな大きさ・形にしやすい。

画像1。開発した吸着材(プルシアンブルーを新規手法で繊維に固定したもの)

画像2。プルシアンブルーの構造(中央にセシウムイオンを取り込んでいる)

現在は手作業で作製しているが、ライン生産にも適した作製法だ。また、2011年8月に特許出願されている。

冒頭で述べたように、新たに開発された吸着材を福島県にて検証実験を行い、以下の通り、十分な能力を持つことを実証した。

  1. 布1枚(画像1、60×40センチメートル、18グラム)で最大2.5mgのセシウムイオン(セシウム137なら80億ベクレル)を吸着。
  2. セシウムイオンに対し最大10万倍の濃縮効果を持つ。例えば、10リットル(10キログラム)の水に10mgのセシウムイオンが溶けている場合、その99%以上を10gの吸着材で回収できる(ほかの陽イオンが存在しない場合)。
  3. 福島県での実験で、約20ベクレルの放射能を示す雨どいの水1リットルに、20gの吸着材を一晩浸したところ(画像3)、放射能は検出限界(8ベクレル)以下になった。つまり、飲料水の基準値(リットルあたり10ベクレル)よりも低くできた。
  4. アンモニウムイオンやカリウムイオンなど、セシウムイオンと競合する可能性のある陽イオンが多量にあっても、微量のセシウムイオンを選択的に回収できる。実際に、非常に高い濃度の肥料を含む水(約100gの硫酸アンモニウムと約100gのリン酸二水素カリウムを含む1リットルの水)の中であっても、セシウムイオンに対し60倍の濃縮効果を示した。
  5. 前述の3の実験が行われた後の布が含む放射能は、取り扱いに危険を伴わないレベルであった。
  6. 酸で適切に処理すれば、セシウムイオンを吸着材から引き離して回収できる。

画像3。福島県の雨どいの水の除染の様子。扱いが非常に容易

また研究グループは今後の予定として、福島大学、石巻専修大学と共同で、環境省の支援と福島県飯舘村の協力を受けて、吸着材のさらなる検証と、それを利用した低コストで専門家の立ち会い不要な小規模分散型土壌除染システム(画像4)の構築を行うとしている。環境省環境研究総合推進費の新規課題として申請中とした。小規模分散型土壌除染システムのポイントは以下の通りだ。

  1. 汚染土壌の集積が不要で、処理した土壌は元の場所へ戻せる。
  2. 専門家の立ち会いがなくても、地元民やボランティアにより除染できる。
  3. 低コストで、効率的に処理できる。

画像4。専門家を必要としない小規模分散型放射性土壌除染システム

これまでに、肥料成分の添加と簡便な器具による加温により、1キログラムあたり約3万ベクレルの汚染土壌から、約70パーセントの放射性セシウムを分離することに成功した。

福島県での実地検証から、分離したセシウムを今回開発した吸着材で放射性セシウムを吸着できることがわかったことから、早期の実用化に向けて、さらなる除去率向上とスケールアップを急ぐとした。