物質・材料研究機構(NIMS) 極限計測ユニットの倉橋光紀主幹研究員と山内泰グループリーダーの研究グループは、分子軸とスピンの向きを指定できる酸素分子ビームを開発。これをシリコン表面の酸化反応に適用し、分子軸が表面にほとんど平行な酸素分子のみがシリコン酸化反応に寄与することを発見した。同成果は米国物理学会雑誌「Physical Review B (Rapid communication)」オンライン版に掲載された。

酸素分子は基礎科学および材料開発のほとんど全分野において重要な分子の1つである。酸素分子は直線分子という異方的な形状を持ち、2個の不対電子に由来する電子スピンを持っているため、相手分子や表面に対する酸素分子軸の向きにより酸化反応の生成物や速度は大きく異なると期待され、また磁性を持つ分子や表面との化学反応ではスピンの影響も考えられている。しかし、従来の研究では、分子軸とスピンの向きがランダムの酸素分子しか利用できず、酸素分子の「形」と「スピン」が化学反応にどのように影響するのか、分析することが不可能であった。

シリコン表面酸化過程は、熱酸化によるゲート絶縁膜生成過程の理解を目的として、実験、理論両面から詳しく研究されてきた。半導体デバイスのプロセス微細化に伴い、近年のMOSFETでは数原子層レベルの緻密で絶縁性が高く膜厚の均一性も良好なシリコン酸化膜が求められるようになっているが、絶縁膜の作製には1000℃程度の高温酸化条件が用いられ、シリコン基板に導入した不純物の再拡散、欠陥の導入、応力の発生などの問題が発生しやすく、現在もより低温での絶縁膜形成法の研究が続けられている。高温酸化が必要な背景として、酸素分子がシリコン表面で解離する過程が非効率である点が挙げられるが、この非効率性の要因については不明となっており、この解明が求められてきた。

今回研究グループでは、酸素分子の磁気モーメントが、分子内回転に伴う角運動量と不対電子に由来するスピン角運動量の双方に依存することに着目。

図1 酸素分子の分子内回転の角運動量(K)とスピン角運動量(S)

六極磁子による磁場選別法を用い、単一量子状態[(J,M)=(2,2)]のみから構成される酸素分子ビームを生成した。

図2 単一量子状態選別酸素分子ビームの磁場偏向スペクトル。磁場偏向の大きさと速度から量子状態[(J,M)=(2,2)]に帰属できる。点線はスピン反転により得られた(2,-2)状態に対応する

この量子状態においては、磁場に対する分子軸の方位とスピンの向きの双方を指定できるので、磁場(H)を試料法線方向に向ければ酸素分子軸は表面に平行となり(helicopter配置)、試料平行に向ければ分子軸が表面平行と垂直の場合が混在するcartwheel配置となる。

このビームを用い、シリコン表面への酸素分子吸着確率を計測したところ、両配置を切り替えると吸着確率が40%以上変化している様子が判明した。各配置における分子軸の方位分布から逆算すると、シリコン(100)表面に飛来する分子のうち、分子軸がほとんど表面平行なもののみが解離吸着していることが明らかとなった。

図3 磁場による酸素分子の分子軸方向の制御(上)。Si(100)表面への酸素分子吸着確率の時間変化。制御信号に従って酸素分子軸の向きを変化させると吸着確率が大きく変化する様子が示されている(下)

このようにシリコン表面酸化では酸素の分子軸の向きに対する制約が強く、角度条件を満たす一部の分子しか反応できないために、酸化反応が進みにくいことが証明された。

研究グループでは今回開発された手法により、酸素分子の立体効果とスピン効果が様々な表面酸化反応および気相酸化反応に対して解明されることは間違いないとコメントしているほか、同ビームの特筆すべき性能として、量子状態を選別しているにもかかわらず、毎秒1分子/表面原子以上の大強度が得られる点を挙げており、この特長から、同ビームがものづくりのツールとして有望であるとしており、明瞭な立体効果やスピン効果が観測される酸化反応では、量子状態により酸化反応を制御できるはずであるため、従来のランダム配向の酸素分子では得られない高品質の酸化膜を創製することも期待できるようになるとしている。