タカラバイオと京都府立医科大学がん免疫細胞制御学講座の古倉聡准教授らの研究グループと共同で、ナチュラルキラー(NK)細胞療法の臨床研究を4月16日より開始することを発表した。

NK細胞とは、末梢血中に10~20%の割合で存在するリンパ球の1種で、ウイルスによる感染やがん細胞に対する初期防御機構としての働きを担う。加齢やストレスなどによりNK細胞の活性が低下することが知られており、高齢化に伴うがん発症の原因の1つと考えられている。

タカラバイオが2010年12月に発表した「新規NK細胞拡大培養法」は、同社がそれ以前に開発した「レトロネクチン拡大培養法」で培養した「T細胞」(免疫系の司令塔で、末梢リンパ組織の胸腺依存領域に主に分布し、標的細胞の傷害と抗体産生の調節という重要な役割を担う)をNK細胞増殖のために利用する仕組みで、末梢リンパ組織の胸腺依存領域に主に分布NK細胞を約90%という高純度で大量に調製することができる点が特徴だ。

レトロネクチンとは、タカラバイオが米インディアナ大学と共同で開発した技術で、それまで難しいとされてきた造血幹細胞などの血球系細胞への高効率遺伝子導入が可能な点が特徴だ。欧米を中心とした遺伝子治療臨床試験で採用されており、体外遺伝子治療のスタンダード的な技術である。

同社とインディアナ大学が1995年に、「組換えヒトフィブロネクチン断片(レトロネクチン)」が、レトロウイルスベクターを用いた造血幹細胞への遺伝子導入効率を飛躍的に高めることを発見したのがきっかけとなって開発された技術だ。それ以前は「造血幹細胞に遺伝子導入することは不可能」といわれていたため、その大前提を打ち破る大きな発見だったのである。

レトロネクチンとは、ヒトフィブロネクチンの「細胞接着ドメイン(Type III repeat,8,9,10)」、「ヘパリン結合ドメインII(Type III repeat,12,13,14)」及び「CSI部位(IIICSのN末端25残基)」を含む、分子量約6万3000(574アミノ酸残基)の組換えタンパク質だ。

そんなレトロネクチンの技術を利用した拡大培養法でもって得られたナイーブT細胞を多く含む細胞を投与する治療法が、「レトロネクチン誘導Tリンパ球療法(RIT)」である。

また、レトロネクチン拡大培養法は、ヒトリンパ球の拡大培養の際に、「インターロイキン2」及び「抗CD3モノクローナル抗体」に加え、ヒトフィブロネクチンを改良した組換えタンパク質である、レトロネクチンを併用するものだ。

レトロネクチン拡大培養法によって効率よくリンパ球を増殖させることが可能で、さらに得られた細胞集団に、生体内での生存能力が高く、抗原認識能も高いナイーブT細胞が多く含まれていることも確認されている。

また今回の新規NK細胞拡大培養法を用いて調製されたNK細胞が、さまざまながん細胞株に対して細胞傷害活性を示すこと、さらにはマウスを用いた動物実験によって腫瘍の縮小及び転移抑制作用を示すことも確認済みだ。

現在、タカラバイオの技術支援のもと、百万遍クリニック(京都市)、たけだ診療所(京都市)、藍野病院(茨木市)の3か所で、ナイーブT細胞を用いたRITの有償治療が実施中である。

RITは「獲得免疫」を利用した治療法だが、もう1つの重要な免疫機構である「自然免疫」を担うNK細胞を用いたがん免疫細胞療法を確立すべく、今回のの臨床研究が開始されるというわけだ。

なお、生体の免疫機構は、大きく獲得免疫と自然免疫との2つに分けられる。獲得免疫は、免疫細胞のT細胞や「B細胞」によって担われており、生体が抗原(生体にとっての異物)に感染した後に、それらの抗原を特異的に認識する免疫細胞が体内に現われることで機能する免疫機構だ。

一方の自然免疫は、ウイルス感染や細胞のがん化などによって体内に異常な細胞が発生した際に、すぐさまそれらを攻撃する初期防御機構としての働きを担う。自然免疫を担う重要な細胞の1つがNK細胞である。

今後、患者の状態に応じた治療法の提供や、ナイーブT細胞とNK細胞による併用療法、「NK細胞と抗体医薬の併用療法」などのより効果的な治療法の開発を行う予定だ。

抗体医薬の作用メカニズムの1つに、抗体が生体内でがん細胞を特異的に認識して結合し、そこに呼び寄せられたNK細胞や「マクロファージ」(体内の異物を貪食し排除する働きを有する免疫細胞の1種で、取り込んだ異物の一部を抗原としてほかの免疫細胞に提示する機能も持つ)ががん細胞を攻撃して殺傷するというものがある。このように抗体を介して細胞を殺傷する活性のことを、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)と呼ぶ。

タカラバイオでは、新規NK細胞作製技術で得られたNK細胞が抗体との併用によって高いADCC活性を発揮することを確認済みだ。その結果、新規NK細胞作製技術と抗体医薬を組み合わせることで、治療効果をより高めることができることが示唆されるとしている。

なお、今回の臨床研究の概要は、以下の通り。

  • 目的:培養NK細胞を反復投与し、その安全性について、有害事象の種類、程度、頻度を評価することを主目的とする
  • エンドポイント:(主要エンドポイント)培養NK細胞の反復輸注の安全性/(副次的エンドポイント)腫瘍縮小効果
  • 対象:標準治療不応性の消化器がん症例
  • 治療:採取された血液からNK細胞を多く含む細胞を調製して経静脈的に投与し、投与間隔は1週間で3回の投与を行う
  • 予定症例数:9例
  • 実施期間:平成24年4月16日~平成26年3月31日
  • 実施責任者:京都府立医科大学がん免疫細胞制御学講座 古倉聡准教授