海洋研究開発機構(JAMSTEC)海底資源研究プロジェクトは、2010年9月に行われた地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第331次研究航海(沖縄熱水海底下生命圏掘削シーズン1)で創出した「伊平屋北」熱水活動域における複数の「人工熱水噴出孔」について、熱水噴出パターンの変動や熱水化学組成の調査・観測を1年以上にわたり継続してそれらについて明らかにしたと発表した。また併せて、海底熱水を持続可能な資源として活用する基盤技術の研究開発を図るため、人工熱水噴出孔に新たに形成されたチムニーの形成様式、組成分析を行ったことも発表されている。

成果は、底資源研究プロジェクト熱水システム研究チーム 海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏プログラム システム地球ラボ プレカンブリアンエコシステムラボユニットの高井研上席研究員らの研究チームによるもの。

日本は狭い国土ながら、450万km2弱という世界第6位の広大な「排他的経済水域(EEZ)」(国連海洋法条約に基づいた、自国の沿岸から200海里(1海里=1852m)までの経済的な主権がおよぶ水域)を持っている。この広大なEEZ内に眠る海底資源を活かすことは、日本のさらなる経済成長を支えるのみならず、人類の持続可能な発展のために重要だ。

熱水噴出域には、銅や亜鉛、鉛、金、銀などを含む硫化物が沈積してできた煙突状の「チムニー」が形成されており、その硫化物沈殿物の規模が大きくかつ含有される有用金属の品位が高いものは熱水鉱床と呼ばれ、重要な海底資源の1つとして注目されている。しかし、深海底に形成されることから容易には採掘・回収できないなどの問題があり、そのための技術開発が期待されている状況だ。

研究チームでは、2010年9月に行われた地球深部探査船「ちきゅう」によるIODP第331次研究航海において、沖縄本島の北西150kmの中部沖縄トラフの水深1000mに存在する深海底熱水活動域「伊平屋(いへや)北フィールド」(画像1)に作った人工熱水噴出孔4地点(画像2)について、熱水噴出パターンの変動、熱水化学組成について継続的に観測を行い、人工熱水噴出孔に新たに形成されたチムニーの形成様式、組成分析を行ってきた。

画像1。IODP第331次研究航海の調査海域図(伊平屋北フィールド)

なお、伊平屋北フィールドの海底下では、「キャップロック構造」(水を通さない岩石が、伏せたお椀のように堆積物を覆い、それが層になっている構造)が複数存在する。そして、熱水が熱水滞留帯の広大かつ深くまで達しており、熱水は蒸気を多く含む軽いものが上部に分布し、塩分を多く含む重い熱水が下部に存在していることが確認済みだ。

画像2。IODP第331次研究航海で設置した人工熱水噴出孔(4地点)の位置関係

調査の結果判明したことは、いくつか存在する。その1つが、時間経過に伴う熱水組成の変化だ。4カ所の人工熱水噴出孔は、掘削直後(2010年9月)、数日の間黒味を帯びた熱水を噴出しており、比較的早い時期に黒味がないクリアスモーカーになった(掘削から約4カ月後の2011年2月)。また、2011年2月に人工熱水孔から噴出する熱水を採取してその化学組成を調べたところ、掘削前の自然熱水孔の熱水に比べて、蒸気(気相)分に乏しい熱水に変化していることが判明している。

2つ目は、人工熱水孔においてチムニーが短期間で急速に成長することだ。伊平屋北熱水活動域の活動中心である「North Big Chimney」と呼ばれる高さ20mを超える熱水マウンドの頂部に創出された人口熱水噴出孔(画像2のC0016B)に、2011年2月には6mを超えるチムニーが新たに形成されていることが発見された。

この航海において採取を試みたがうまくいかず、チムニーは崩壊してしまったが、半年後の2011年8月から9月にかけて行われた航海では、この崩壊したチムニーが8mを超えるほどに再成長していることが確認されたのである。このことは、人工熱水孔におけるチムニーは短期間で急速に成長することを示しているというわけだ。

3つ目は、海底下熱水溜まりでの熱水化学組成の違いとチムニー鉱物組成が関係する点について。IODP第331次研究航海で創出した2つの人工熱水孔(画像2のC0016B、C0013E)では、形成されたチムニーの採取に成功し、成分の分析が行われた。

C0016B孔における人工熱水噴出孔チムニーは、「閃亜鉛鉱(ZnS)」(せんあえんこう:亜鉛の硫化鉱物)、「ウルツ鉱」(閃亜鉛鉱と組成が同じという亜鉛の硫化鉱物だが、結晶系が異なり、閃亜鉛鉱が等軸晶系なのに対し、ウルツ鉱は六方晶系)、「方鉛鉱(PbS)」(ほうえんこう:硫化鉱物の1種で、日本で産出量の多い)、「黄銅鉱(CuFeS2)」(おうどうこう:銅の硫化鉱物の1種)が主成分である。

それに対し、C0013E孔のチムニーは、「硬石膏(CaSO2)」(こうせっこう:硫酸カルシウムが主成分の硫酸塩鉱物の1種)を主成分として、黄銅鉱・閃亜鉛鉱・方鉛鉱・ウルツ鉱も含有する組成であることが確かめられた(画像3・4)。このような鉱物組成の相違から、前者はほぼ成熟した「黒鉱」(くろこう)に相当するチムニーであり、後者は黒鉱への成長前段階にあるチムニーといえる。

画像3(左)は採取した人工熱水噴出孔チムニー。画像4はその顕微鏡画像。閃亜鉛鉱、黄道鉱、方鉛鉱、ウルツ鉱などが含まれることが判明した

ちなみに黒鉱とは、閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄銅鉱といった硫化鉱物を豊富に含む、海底火山活動で生成した黒色の混合鉱石。中央海嶺などの現在活動中の海底熱水活動域のチムニーなどには、主に黄銅鉱(CuFeS2)を主成分とする硫化鉱物が卓越しているのに対し、日本周辺の海底熱水活動域にはこの黒鉱組成とよく似た硫化鉱物チムニーが産出することが多い。

黒鉱型鉱床は日本では東北地方、特に秋田県北部に多く分布しており、中新世の日本海の拡大に伴う大規模な海底火山活動によって生成されたと考えられている。

黒鉱型鉱床の周辺では、黒鉱に伴って、黄鉄鉱(FeS2)・黄銅鉱を主成分とする「黄鉱」、重晶石(BaSO4)を主成分とする「重晶石鉱」(じゅうしょうせきこう:硫酸バリウムからなる鉱物)、「石膏」(CaSO4・2H2O)・硬石膏を主成分とする「石膏鉱」などが産出し、これらの鉱石は熱水から析出した鉱物構成の違いを反映している形だ。

掘削コア試料の解析においても、C0016B孔では海底下より黒鉱塊が得られているのに対し、C0013E孔では脈状の硫化鉱物のみが存在するという違いが認められている。

つまり、海底下熱水溜まりの中で大規模な黒鉱を産出するポテンシャルに富んだ熱水が存在する部分から由来する人工熱水噴出孔では、海底面で著しく黒鉱鉱物成分に富んだチムニーが容易に形成されるのに対し、海底下熱水溜まりの中で沸騰により蒸気相が卓越した熱水が分離し濃集した部分から由来する人工熱水孔では、天然熱水噴出孔で形成されるものと同じようなチムニーが形成されることが明らかになった。

4つ目は、持続的な鉱物資源回収の可能性についてだ。2つ目、3つ目の成果から、海底掘削により鉱床形成ポテンシャルが大きい海底下熱水を直接海底に噴出させる人工熱水噴出孔を作り、回収装置を設置し、一定期間硫化金属鉱物を沈殿・成長させ、回収するというアイデアを見出し、特許を出願した。

この成果は、開発リスクが高いと考えられてきた海底熱水鉱床開発において、「取る海底資源から育てる海底資源へ」という、発想の転換を図る新しい海底資源開発手法となる可能性があるとしている。

今回の研究は、人工熱水噴出孔という海底下の世界を覗き見る窓を通して、海底下の熱水溜まりの物理・化学的性質に空間的・時間的な不均質性が存在しており、その熱水の不均質性が海底面でのチムニー形成を支配していることを明らかにした。これは、海底熱水における鉱物形成や鉱床成因論を解明する上で極めて重要だ。

そして。今回の成果に対して研究グループは、黒鉱を形成するポテンシャルの高い海底下熱水溜まりを掘削し人工熱水噴出孔を創り出すことによって海底面での黒鉱養殖・回収を行うといった、極めて低いコストや環境負荷を実現可能とする、画期的な鉱物資源回収の道を切り開く可能性があるとコメントしている。