東京大学(東大)生産技術研究所の沖大幹 教授と東京大学 総括プロジェクト機構 「水の知」(サントリー)総括寄付講座の村上道夫 特別講師の研究チームは3月12日、地域別・日別、飲食物グループ別の放射性物質濃度、各地域から東京への飲食物の入荷量、各飲食物の平均摂取量から、都民への飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの曝露量を算出したと発表した。

2011年3月11日の東日本大震災により、福島第一原子力発電所から放射性物質が放出され、飲食物由来の放射性物質の曝露に伴う健康影響が懸念されている。放射性物質の外部被曝がモニタリングによって比較的容易に評価できるのに対し、飲食物の摂取といった内部被曝量の測定には困難が伴う。また、厚生労働省(厚労省)による日本国民への飲食物由来の放射性物質の曝露量推定もあるが、飲食物由来の曝露量は地域によって大きく異なると考えられることから、地域別に評価する必要がある。陰膳方式によってある特定の時期における飲食物中の放射性物質の曝露量評価を行った研究例があるものの、原発事故直後からの総曝露量や曝露量の経時変化についての評価は行われていないほか、飲食物の種類別の曝露量に関しても不明である。加えて、食品の出荷制限および東京都による乳児へのボトル飲料水配布といった対策による曝露量の削減効果や、飲食物由来の放射性物質の摂取に伴う発がんリスクを推定した報告例はないのが現状であった。

そこで研究チームでは、厚労省や東京都健康安全研究センターによって公表された食品や水道水中の放射性物質濃度を、地域別・日別・飲食物グループ別に分類し、各地域から東京への飲食物の入荷量、年齢別の各飲食物の平均摂取量と線量係数を考慮することで、東京都民への飲食物由来の放射性ヨウ素131および放射性セシウム134+137の平均曝露量を見積りを行った。

飲食物中の放射性ヨウ素濃度のデータは2011年7月まで、放射性セシウム濃度のデータは2011年12月までのデータを用い、さらなる事故の発生などが起きずに、現状が続くと仮定することで、出荷制限が開始された2011年3月21日から2012年3月20日までの曝露量の計算を実施し、その上で、食品の出荷制限や東京都による乳児用ボトル水の配布を考慮する場合と考慮しない場合について曝露量を算出することで、それらの対策による曝露量の削減効果の定量的評価を実施した。

出荷制限の効果を考慮した場合には、出荷制限を実施している地域からの該当飲食物の摂取量を0としたほか、乳児用ボトル水配布の効果は、2011年3月24日と25日の乳児への水道水由来の放射性物質の曝露量を0と考えて評価が行われた。また、飲食物由来の放射性物質の摂取に伴う発がんリスクの推定を行い、その他の環境汚染物質や自然放射性物質の曝露に伴うリスクや事故や病気による死亡者数の比較を行った。放射性物質の曝露に伴う発がんリスクの算定には、原爆による発がんに関する疫学データに基づいた超過相対リスクモデルと日本人の平均生命表を用いて算出された年齢別の発がんリスク係数が用いられた(乳児では0歳、幼児では5歳、成人では27歳における値を適用)。低線量領域における曝露量と発がんリスクの間に直線的な関係があるかは不明確であるが、今回は曝露量と発がんリスクに直線的な関係がある(曝露した放射線量と発がんリスクは比例する)と仮定した。なお、国際放射線防護委員会(ICRP)では線量-線量率効果係数を2、米国科学アカデミー研究審議会の電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR)の報告VIIでは1.5が採用されているが、今回は低線量補正を行わなかったという。

出荷制限や乳児用ボトル水配布といった対策がなかったと仮定した際の放射性ヨウ素の甲状腺等価線量注は、成人で0.42mSv(実効線量換算で17μSv)、幼児で1.49mSv(同60μSv)、乳児で2.08mSv(同83μSv)であったのに対し、対策によってそれぞれ成人で0.28mSv(同11μSv)、幼児で0.97mSv(同39μSv)、乳児で1.14mSv(同46μSv)まで減少し、対策によって33%~45%の低減効果があったと推定された。

一方、対策がなかったと仮定した時の放射性セシウムの実効線量が成人で8.3μSv、幼児で3.4μSv、乳児で2.7μSvであったのに対し、対策の実施によってそれぞれ6.6μSv、2.8μSv、2.3μSvまで減少し、14%~21%の低減効果があったと推察された(それぞれ男女平均値)。対策を実施した際の放射性セシウムと放射性ヨウ素の合計実効線量は、成人で18μSv、幼児で42μSv、乳児で48μSvであり、対策による低減効果はそれぞれ29%、34%、44%であったという。

表1 2011年3月21日から2012年3月20日までの東京都民への飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの曝露量(μSv)

これらの値を飲食物由来の自然放射性カリウム40の年間曝露量130~217μSvと比べたところ、数分の1から10分の1程度であったという。なお、陰膳方式調査による12月の放射性セシウムの曝露量と、今回の研究で推定された同時期の放射性セシウムの曝露量の違いは2倍程度となっている。

成人に対する各食品グループからの曝露量の寄与率を比較すると、放射性ヨウ素では水道水からの寄与が最も高かったのに対し、放射性セシウムでは野菜や魚介類からの曝露量の寄与が高かった。曝露量の経時変化をみると、放射性ヨウ素は2週間以内に総量の80%以上の曝露が生じたのに対し、放射性セシウムは継続的な曝露が見られた。放射性セシウムでは、水道水や野菜の摂取に伴う曝露量が初期に特徴的に大きかったのに対し、魚介類の摂取に伴う曝露は継続的に生じており、累積曝露量が徐々に増加する傾向が見られた。これは、膨大な飲食物ごとの放射性物質濃度データを処理したことによって、得られた結果であるという。

飲食物由来の放射性ヨウ素の発がんリスクは、成人で3×10-6、幼児で2×10-5、乳児で3×10-5であり、放射性セシウムの発がんリスクは、成人、幼児、乳児のそれぞれにおいて3×10-6であった。事故後1年間の飲食物由来の放射性ヨウ素と放射性セシウムの生涯発がんリスクは、環境中のディーゼル車排出粒子や自然放射性カリウム40を1年間曝露することで生じる生涯発がんリスクよりも低く、ベンゼンを1年間曝露することで生じる生涯発がんリスクよりも高いレベルであった。

表2 飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウム、他の環境汚染物質や自然放射性カリウムの発がんリスクの比較(いずれも1年間の曝露によって、一生涯のうちに起こりうる発がんリスク)

さらに、放射性ヨウ素の致死性発がんリスクは、成人で2×10-7、幼児で1×10-6、乳児で2×10-6であり、放射性セシウムの致死性発がんリスクは、成人、幼児、乳児でそれぞれ8×10-7であった。これは日本における交通事故による年間死亡者数(10万人中4.5人。4.5×10-5)と比べ、1桁以上小さい値だという。

表3 飲食物由来の放射性ヨウ素および放射性セシウムの致死性発がんリスクと日本における事故・病気などによる年間死亡者数の比較

なお、研究チームでは今後は、東京だけでなく、他地域における放射性物質の曝露量とリスク推定を行う予定であるとするほか、戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」内の研究課題「安全で持続可能な水利用のための放射性物質移流拡散シミュレータの開発(代表:沖大幹 教授)」で開発されるシミュレータと組み合わせることで、仮に事故が発生した時に生じた際の飲食物由来の放射性物質のリスクを事前に推計できるようになるものとの期待を示している。