理研、複数の脳神経細胞の協調活動を連続して計測できる新解析法を開発

理化学研究所(理研)は3月9日、複数の脳神経細胞が生み出す断続的なパルス波から、細胞が協調的に活動する様子を時々刻々と推定できる統計解析技術を開発し、サルの「一次運動野」を対象に検証したところ、3つの神経細胞が集団となって、短時間に協調して活動する様子をとらえることに成功したと発表した。

成果は、理研脳科学総合研究センターの島崎秀昭研究員、甘利俊一特別顧問、米マサチューセッツ工科大学・マサチューセッツ総合病院のEmery N.Brown教授、独ユーリッヒリサーチセンターのSonja Gruen教授らによる国際共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、米科学雑誌「PLoS Computational Biology」の3月8日号に掲載された。

人や動物が外界の刺激を受けて行動する時、感覚や運動に関わる脳の領域では、外界の刺激や行動の種類に応じて神経細胞が活動し、活動電位またはスパイクと呼ばれる断続的な波(パルス波)を生成して、ほかの神経細胞に情報を伝達している。

この時、個々の神経細胞が単独で活動するのではなく、複数の神経細胞が集団となって協調し、数ミリ秒という短時間内に、極めて正確にかつ同時にスパイクを発生させ、情報を効率的に伝達・処理している「同期的協調活動」という仮説が提起されてきた。このため、複数の神経細胞の同期的協調活動を検出することが、現在では脳の情報処理の原理を探る上で重要な課題となっている状況だ。

同期的協調活動は、外界の刺激や動物の行動、脳の内部状態の変化に応じて臨機応変に生成されると考えられている。しかし、複数の神経細胞が生成する断続的なスパイクから、時々刻々変化していく同期的協調活動を直接推定する統計解析技術がなかったため、実際に行動している動物から得たデータを用いて、この仮説を直接検証することが困難だった。

そこで研究グループは、神経細胞の同期的協調活動を明らかにするため、新たな統計解析技術の開発に取り組んだ次第だ。

例えば、2つの神経細胞が独立に活動していても、これらが偶然、同時にスパイクを生成することがある。しかし、2つの神経細胞が協調して活動している場合は、この偶然から期待されるよりも高頻度で同時にスパイクを生成することは確認済みだ。そこで研究グループは、2つ以上の神経細胞のスパイク生成が、独立したものなのか協調したものかを正しく判別するために、理研BSIの甘利俊一特別顧問が提唱した「情報幾何」と呼ばれる数学的枠組みを用いて解析を行った。

情報幾何は、確率分布を空間上の1点とみなして、さまざまな統計処理を幾何的に解釈する枠組みのことである。この枠組みを神経細胞のスパイクデータに適用することで、同期的スパイク生成活動の偶然性を判別することができるというわけだ。

複数の神経細胞が1つの集団として協調する場合、特に、3つ以上の神経細胞の協調の時は個々の2つの神経細胞間の協調から期待されるよりも高頻度に、細胞集団全体が同時にスパイクを生成すると期待される。このような状態は「高次相関」(多数の神経細胞を同時に観察しないとわからない依存関係のこと)を伴う活動状態と呼ばれ、情報幾何を用いた枠組みでは、この高次相関を伴う協調活動を検出することが可能だ。

次に、こうした細胞間の協調が、外界の刺激や行動に応じて生成される様子をとらえるために、カーナビゲーションシステムなど産業分野でも広く使われている「カルマンフィルター」と呼ばれる手法を採用した。カルマンフィルターは、観測誤差のある測定値から時々刻々と変化する観測対象物の状態を推定する技術だ。ただし、カルマンフィルターは連続的な信号を想定したものなので、複数の神経細胞が断続的に生成するスパイクへも適用できるよう今回は改良して使用された。

研究グループは、この情報幾何と改良したカルマンフィルターを組み合わせた統計解析技術を開発。そして実際に、仏の研究チームから報告された課題遂行中のサルの一次運動野(前頭葉外側面の最も後方に位置する、運動に関わる脳の領域で、隣接する補足運動野と運動前野で運動の計画が立てられ、一次運動野を介して計画が実行される)の神経細胞の活動データを再解析した。

課題では、まずサルが実験開始のボタンを押す。1秒後、画面に白丸が表れ、600、900、1200、1500ミリ秒のいずれかの待ち時間後、黒丸が表れる。サルは、この黒丸に触れると報酬が得られることを学ぶというものだ。

これまでの研究により、サルを1500ミリ秒待たせると、900、1200、1500ミリ秒、つまり黒丸が表示された時刻、そして表示される可能性のあった時刻にも、2つの神経細胞が協調して活動することが報告されていた。今回開発した統計解析技術を3つの神経細胞に適用したところ、3つの神経細胞が1つの集団として活動する高次相関が、黒丸提示への期待の高まりに対応して引き起こされることを発見したのである(画像1・2)。

画像1は、仏の研究チームによって報告された、サルの一次運動野から同時に記録された3つの神経細胞の活動記録だ。行動準備開始を示す白丸の表示時刻を時刻0とし、毎回無作為に選ばれる600、900、1200、1500ミリ秒のいずれかの待ち時間後、行動開始を示す黒丸がディスプレイに表れる。グラフでは、行動開始信号が1500ミリ秒に表れた36試行を表示している。

各試行における神経細胞のスパイク生成を縦棒で表し、青丸は3つの神経細胞が同一試行内でほぼ同時(3ミリ秒以内)に活動した事象。個々の神経細胞のスパイクの生成頻度は行動開始までほぼ一定だが、青丸に着目すると、900、1200ミリ秒付近に集まっていることがわかる。

画像2は、3つの神経細胞の高次相関(3次相関)の強さ(赤線、グレーの領域は95%信頼区間)。正の大きな値を示すほど、3つの神経細胞が2つの神経細胞間の相互作用で説明されるよりも高頻度で同時にスパイクを生成していることを示す。600、900、1200ミリ秒付近での高次相関の上昇は、サルの行動開始への期待に対応して、3つの神経細胞が一体となって活動することを示している。

3つの神経細胞の同期的協調活動。画像1(左)は、仏の研究チームによって報告された、サルの一次運動野から同時に記録された3つの神経細胞の活動記録。画像2は、3つの神経細胞の高次相関の強さ

これまで、外界の情報、運動制御、脳の内部状態などの情報は、スパイクの発火頻度や2つの神経細胞の協調に表現されていると考えられてきた。今回の発見により、これらの情報が、3つ以上の神経細胞の同期的協調活動にも表現されている可能性を示唆した形だ。

開発した統計解析技術は、脳神経細胞の同期的協調活動と、動物の認知や行動との関係を明らかにする基盤になると期待できる。今後は、同時に解析できる神経細胞の数を現在の10個以下から100個程度まで増やし、行動に関連した同期的協調活動を行う細胞を効率よく推定することを目指すとした。

また、同期的協調活動を利用した高精度の侵襲型脳コンピュータインタフェース(BMI)の実現にも貢献すると期待できると、研究グループはコメントしている。

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