名古屋大学(名大)は3月5日、線虫をモデル動物にした研究により、「軸索」(神経の線)を切断された神経が再び軸索を形成(軸索再生)するのに必要な「分泌タンパク質」(細胞内から細胞外に分泌されるタンパク質)とその「受容体タンパク質」(細胞表面の細胞膜にあるタンパク質で、増殖因子が結合する)を発見し、さらにその下流で働く細胞内の「シグナル伝達経路」を同定したと発表した。成果は名大大学院理学研究科の松本邦弘教授、久本直毅准教授らの研究グループによるもので、詳細な研究内容は英科学誌「Nature Neuroscience」オンライン版に英国時間3月4日に掲載された。

神経細胞は軸索という長い突起を介して電気信号を伝達しており、外傷などで軸索が切断されると神経として機能できなくなる。神経は、軸索が切断されてもそれを再生する能力を潜在的に持ってはいるが、中枢神経を含む多くの神経ではその力が弱いか阻害されており、さらに加齢によっても低下するため、切断された神経の軸索再生の多くは起きにくいという。

これまでの研究では、軸索を切断された神経が再生を開始する能力を持っていること、さらにその能力が線虫のような体制の単純な動物からヒトまで種を越えて保存されていることについては確認されていたが、その仕組みについては部分的にしかわかっていなかった。

特に、軸索を切断された神経細胞に対して、細胞の外側から軸索再生を誘導する仕組みについては、その必要性はおろか存在の有無すら曖昧なままだったのである。

今回、研究グループは、モデル動物である線虫「C.エレガンス」を用いた解析により、「SVH-1」と命名した「増殖因子」(一般的に細胞の増殖を誘導する分泌タンパク質を指し、細胞死抑制や細胞分化など、細胞増殖以外の機能を持っていることもある)に類似した分泌タンパク質と、その受容体タンパク質である「SVH-2」が、神経切断後の軸索再生に必要であることを初めて明らかにした。SVH-1あるいはSVH-2遺伝子を欠損すると、切断を受けた神経において軸索の再生が起きなくなることも確認されている。

また、線虫には寿命があり、若い線虫では神経再生の効率がよいことがわかったが、年を取るにつれて次第に再生できなくなることが判明。そこで加齢した線虫において、遺伝子導入法によりSVH-1タンパク質やSVH-2タンパク質を大量に作らせたところ、若い線虫と同じレベルまで神経再生能力が回復することが確認された。

さらに、研究グループは、神経を切断すると、切断された神経細胞でSVH-2タンパク質が作られ、それが細胞外にあるSVH-1タンパク質からのシグナルを受けて、細胞内シグナル伝達経路の1つである「JNK MAP キナーゼ経路」(ストレスなどの外部からの刺激を細胞内で伝達する経路の1つ)を活性化することにより、軸索の再生を促進することも明らかにした次第だ。

なお、前述の因子はいずれも発生過程での軸索の伸長には影響を与えず、切断された軸索の再生のみを制御していた。

今回のSVH-1とSVH-2の発見、および下流のシグナル伝達経路の同定は、軸索再生における新規の制御機構の発見であり、これまで曖昧だった外側からの軸索再生促進シグナルの存在を明らかに示したものだ。

従って、今回の成果は神経再生における新しい知見であると同時に、切断された神経に対して細胞外から軸索再生を促進する経路を発見したという意味でも重要な知見といえると、研究グループではコメント。

前述の因子はヒトにおいても存在することから、今回の研究が神経再生機構の理解だけでなく、ヒトの神経切断に対する再生治療の研究や、薬剤開発などの一助になるのではないかと期待しているとも述べている。