米Texas Instruments(TI)は2月28日(現地時間)、同社の16bit MCUであるMSP430に、第2世代のFRAMを搭載した「MSP430FR58xxシリーズ」を発表した。これに先立ち、同社の日本法人である日本テキサス・インスツルメンツ(日本TI)においてこのMSP430FR58xxシリーズの説明会が開催されたので、内容をご紹介したい。

Photo01:説明を行った日本TIの営業・技術本部 マーケティング統括部 組込みプロセッサ・コネクティビティ マーケティング MCUチームマネージャ 井崎武士氏

MSP430は、TIが現在ラインナップしているMCU/MPU/DSPといったプロセッサポートフォリオの中では、低価格・低消費電力(同社の表現では「超低消費電力」)というポジションを担う。元々は8bit MCU並みのコード密度で、32bit MCU並みの性能という謳い文句だった気がするが、最近は32bit MCUの性能が急激に上がっており、また同社自身Cortex-M4を搭載したStellarisをラインアップしている関係か、むしろ省電力を強調するような売り方に変わっているようだ。主要な特徴はこんな感じ(Photo02)である。

Photo02:省電力な割に高い性能、というのが現在の最大の売り方である。ちなみにMSP430バリューラインに属するMPS430G2231が付属したMSP430 LaunchPadは、たとえば千石電商だと595円で売られていた

MSP430はTI独自の16bitアーキテクチャであるが、既に6世代の製品がリリースされ、広い範囲で利用されている(Photo03)ほか、ツールチェーンなども充実している。製品ラインアップは多岐に渡り、ベースモデルであるF1xx~F6xxに加えて超低消費電力向けにL092、そして昨年5月に発表されたFRAM搭載のFR57xxといったシリーズが用意されている(Photo04)。

Photo03:小型・省電力を求められる分野が主な市場で、そういう意味では従来の8bit MCUのマーケットに侵食しているというべきか。一部の機器(火災報知機その他)で求められる、電池寿命が数年(~10年)とかの機器向けもターゲットとしているそうだ

Photo04:搭載する周辺機器やパッケージなども非常に多くの種類が用意されている

さて、今回発表になったFR58xxシリーズは、FRAMを搭載するFR57xxシリーズの後継という位置づけにある。このFR58xxシリーズは"Wolverine"(ウルヴァリン:X-Men Originsに出てくる、両手に長い爪を備え、ヒーリング・ファクターを持つヒーローの方。イタチ科のクズリの方ではない)というコード名がつけられている(Photo05)。このスライドだと何が変わったのか、は判りにくいが、こちらを見るともう少し判りやすい(Photo06)。FR57xxシリーズも製造プロセスはFRAM向けの130nmであるが、WolverineではこのFRAM向け130nmプロセス再設計した。同社はこれをULL(Ultra Low Leakage)Process Technologyと呼んでいるが、これによりリークに起因するStatic Powerのほかに動作時のActive Powerも削減することが可能になったとしている。

Photo05:X-Men Originsの方ということで、スライド右上には爪跡が…

Photo06:この結果として、プロセッサコアや周辺回路など主要なIPは殆ど作り直しになったそうで、その意味では論理設計はあまり変わっていないようだが、物理設計は完全に新規と考えればよいのだろう

Photo07は、競合メーカーがやはり「超低消費電力」としている製品との比較だそうであるが、待機時電流/動作時電流のほか、A/Dコンバータを200KSPSで動かしている際の消費電流の比較である。これを利用して具体的にアプリケーションを組んだ場合のバッテリー消費量を推定したのがPhoto08としている。

Photo07:流石に説明会では具体的な名前は出てこなかったが、普通に考えればMicroChipのXLP Technology搭載製品とかAtmelのpicoPower対応製品、FreescaleのUltraLowPower版S08、NXPのLow-Voltage Input Cortex-M0あたりが想定されるターゲットになると思われる。ただ具体的にどういう基準でどのMCU製品を選択したか、は良く判らない

Photo08:グリーンの部分が大きいほど消費電力が少なく、バッテリー寿命を長く保てる、という意味

このFR58xxシリーズの核となるのはFRAM(Photo09,10)である。元々は米RAMTRONの開発したもので、RAMTRONはF-RAM、同じくRAMTRONからライセンスを受けて生産している富士通はFRAMないしFeRAMと称しているが、いずれも同じものである。TIは2001年にRAMTRONとライセンスを結び、2002年には初の130nmプロセスでの開発を行っている。現在は組み込み向けに2Mbit/4Mbitのメモリチップを出荷しているほか、昨年ついにFRAMを搭載したFR57xxシリーズを出荷したというわけだ。今はFRAM MCUについては、その特徴を生かせるモニタリング/ロギングといった用途、あるいは容易なファームウェアアップデートなどを主なメリットとしてアピールしているとの事である。最後にソフトウェアツールチェーンを紹介して(Photo12)、井崎氏の説明は終わった。

Photo09:ここはFRAMのメリットのみが記されているので、デメリットを書いておけば、少なくともTIのFRAMの場合、動作周波数は25MHz以下に適しており(つまりそれ以上の周波数での動作は難しい)、またコスト面ではまだFlash Memoryには及ばないようだ

Photo10:最後の「統合されたメモリ」とは、要するにFRAMの領域の一部をSRAMの代わりに使うことが簡単にできる、という意味である

Photo11:もっとも、既存のFR57xxシリーズの場合、最大でもFRAMのサイズは16KBで、ちょっとロギングには心もとないというか、あまり多種のデータ収集は難しそうではあるが

Photo12:MSP430のツールチェーンの特徴(というか謳い文句)は、「フル機能の開発ツールが無償で入手できる」事で、例えばMSP430Wareはココから入手できる。これに加えて省電力向け最適化ツールやリアルタイムで消費電力を監視するハードウェアなどを後追いで提供して行くという話であった

さて、以下若干補足など。今回はあくまで製品発表、ということであってサンプル出荷は6月を予定しているそうだが、量産開始時期などはまだ未定との事。また動作周波数や搭載される周辺回路、用意されるパッケージなどに関しても現在詰めている最中とかでまだ未定らしい。また今回のFR58xxはWolverineファミリの第1世代で、つまりFR57xxはWolverineには属しないということであった。このためかどうかは判らないが、FR57xxとFR58xxでピン互換性などがあるかどうかもまだ確定していないという話だった。

もう少し面白いのは、メモリ構成である。Photo10などをみると、「ならばSRAMは必要なのか?」という気になるわけだが、実はこれもまだ確定していないとか。FR57xxでは、FRAMのサイズが最大でも16KBとそれほど多くなかった関係でメモリ量を増やすためか、あるいは前世代のFRAMではまだ速度的に十分でなかったためか、SRAMとFRAMを組み合わせる形でメモリシステムが構成されていたが、FR58xx世代では最大64KBのFRAMが搭載される予定との事で、ひょっとするとSRAMが無いモデルも登場する可能性がある。ちなみにFRAMに関しては技術的に進展がここ数年であったためかどんどん性能をあげているそうで、TIの社内的にはFR58xxの次世代の開発も既に始まっているという話であった。

なお、今のところFRAM搭載MCUはMSP430のみとの事であった。これはFRAMの製造には独自の130nmプロセスを使っており、ARM系MCU/MPUの利用している65nmとか90nmといったプロセスではFRAMを製造できないからとの事であった。