科学技術振興機構(JST)と早稲田大学(早大)、北海道大学(北大)の3者は2月23日、スマートグリッドを支える基盤技術として、電力品質を満たしつつ、複雑な配電網で送電損失を最小化する最適構成を得るための高速アルゴリズム(計算手順)を開発したと共同で発表した。

JST課題達成型基礎研究の一環として、北大大学院情報科学研究科の湊真一教授、早大先進グリッド技術研究所の林泰弘教授兼所長を中心に、産業技術総合研究所生命情報工学研究センターの津田宏治主任研究員、東京工業大学大学院情報理工学研究科も参加した共同研究による成果である。今回の成果は、2012年電子情報通信学会総合大会で開催される「ERATO湊離散構造処理系プロジェクトシンポジウム」(3月20日岡山大学)で発表されると同時に、その一部は電気学会全国大会(3月23日広島工業大学)でも発表される予定。

近年、地球温暖化などの環境問題から太陽光や風力などの再生可能エネルギーに対する期待が高まっており、また、東日本大震災以降の電力不足も重なって、より効率的かつ安定した電力供給のために制御が高度化された電力網、いわゆるスマートグリッドを目指した研究に注目が集まっている。

スマートグリッドは、計算機や通信の技術を用いて電力網の状態を監視し、最適な状態を維持する制御を行う電力網のことだ。例えば、需要予測に合わせて配電網の構成を自動制御することが期待されている。

現在の電力網は、数万V以上の高電圧で発電所と変電所をつなぐ「送電網」と、一般家庭や事業所に低電圧の電力を供給する「配電網」に分けられ(画像1)、各配電網は網内に多数のスイッチを備えており、その開閉状態を切り替えて、電力の供給路を決定している(画像2)。

画像1。電力網の概要。発電所で発電された電力は、送電網を経由して配電網へ送られる。配電網内は、分散電源が存在するため電力の流れが複雑だ

画像2。配電網のスイッチ構成の例。この例は、変電所から同色の家庭に正しく給電できる配電網構成(スイッチのON/OFFの組合せ)の1つを表している。色のつかない(電気が届かない)家や、色の混ざった(異なる配電系統がつながれた)家が存在してはならない

停電などを回避し、適正な品質の電力を供給するためには、複雑な制約条件を満たさなければならない。しかし、林教授らが調査し公表している日本の実用規模の標準的な配電網モデルでは、制御可能なスイッチは468個に及び、その構成(組合せ)の総数は10進数で141桁の天文学的な数にのぼり、この中から制約条件を満たす最適な構成を探索することは非常に難しい問題となっている。

このため、従来は経験則(ヒューリスティック)に基づく手法によって、ごく一部の構成からなるべく良い構成を探索するに留まっており、制約条件を満たす構成が全部で何通りあるか、またその中のどの構成が最適なのかはわかっていなかった。このような従来手法では、探索漏れによってより良い構成を見逃すリスクがあり、得られた構成が全体の中でどのくらい「良い」かもわからないという弱点がある。

さらに、最近では太陽光発電やコジェネレーションなど一般家庭や事業所に設置される小規模な発電装置、つまり「分散電源」が普及し、それらが接続される配電網は電力の流れが売電も加わって複雑化し、より高度な設計・制御が求められる状況となってきた。そこで今回の研究では、配電網を対象として制約条件を満たす構成数と最適構成を得る超高速探索アルゴリズムを開発したというわけである。

今回の研究では、(1)網羅的探索アルゴリズムの開発として、まずデータ圧縮技法「ZDD」を用いて制約条件を満たす構成を網羅的にすべてを探索するアルゴリズムとして開発された。実際の配電網では、電気が行き渡るように放射状のネットワーク構成を取ることや、最大電流値・適正電圧値範囲などの幾何学的・電気的な制約条件が課せられるために問題が複雑になってしまい、このままでは効率的な探索は不可能である。

そこで、条件を配電経路に関する(幾何学的)制約と、電力品質に関する(電気的)制約に分離し、前者には最新のグラフ探索アルゴリズムの「フロンティア法」を適用し、後者には電気回路の特性を計算するアルゴリズムを用いて、それぞれの結果をZDDとしてコンパクトに出力した次第だ。

フロンティア法は、配電網のようなネットワーク構造から、条件を満たす部分的な構造を網羅的に探索し、ZDDとして出力するアルゴリズムである。配電網では、幾何学的制約を満たす経路によって電力を供給するが、可能なすべての経路を得るためにフロンティア法が利用された。

また、ZDDの特徴は圧縮したまま操作(演算)できる点で、両制約を満たすZDDを効率的に求めることが可能である。このように、各アルゴリズムの特徴をうまく組合せることで、膨大な数の構成を圧縮しながら超高速で探索することを可能にした。

次に(2)損失最小化手法への応用として、(1)で得られた構成の中で、送電損失が最も小さい構成を抽出するアルゴリズムを開発。配電時に電線でジュール熱として失われる電力を「損失」と呼び、この損失を削減することは追加の設備投資なしに電力需給を改善し、化石燃料の節約につながる。そのため、損失削減効果は配電網構成の善し悪しを計る重要な指標となるというわけだ。

損失削減のためには、電線を流れる電流ができるだけ小さくなるような優れた配電構成を膨大な候補の中から選択する方法が効果的である。一般的な最適化手法は探索しながら制約条件を評価するが、研究チームが開発した手法は、まず(1)で制約条件を満たす構成を絞り込み、次のステップで送電損失が小さい構成を高速に探索する点が特徴だ。それでも条件を満たす構成は膨大だが、ZDDの構造を利用して共通部分ごとに損失を計算しながら絞り込みを行い、効率的に最適構成を探索するのである。

その上で(3)のソフトウェア開発して、(1)と(2)を実装したソフトウェアが開発された。このソフトウェアでは前述のアルゴリズムに加え、並列処理による高速化も行うことが可能だ。

続いて(4)は、「標準解析モデル」(画像3)による、(1)と(2)のアルゴリズムの有効性の検証である。標準解析モデルとは、林教授が提唱した、日本の実際の配電網に基づく標準的な配電網モデルのことで、配電網としてそれが用いられた。なお、ランダムに選んだ10%の地域に需要に見合う太陽光発電が導入されている。それから、電力需要は、夏のピーク時が想定された。

画像3。標準解析モデルの最適構成。配電網の標準解析モデルは、4つの変電所を中心に、電線に接続された一般家庭や事業所(図では省略)に電力を供給する。電線には合計468のスイッチが備えられ、その構成(ON/OFFの組合せ)を変更して電力の流れを制御する仕組みだ。この図は、配電網全域に正しく給電でき、さらに電線で発生する送電損失を最小にする構成を表している

上記(3)のソフトウェアを用いて実際に計算したところ、制約条件を満たす構成の総数は、正確に「2136那由他(なゆた)8201阿僧祇(あそうぎ)3834恒河沙(こうがしゃ)8532極9116載8261正2214澗8049溝560穣9817じょ8392垓4438京5235兆3981億8952万1540通り(約10の63乗)」であることが明らかにされた。

この規模の配電網で構成数を正確に数え切れるのは世界初の結果だ。市販の計算機を用いた計算時間は1時間15分で、メモリ使用量は779MBだった。構成数は膨大であるにも関わらず、効率的に探索を行い、高い圧縮率で表現できているといえよう。

さらに、2時間20分の計算の結果、損失を最小にする最適構成を発見することに成功した(画像3)。今回のデータでは、一般的に用いられる標準的な構成に比べて、損失を約3%削減できたという。これは全電力需要の約0.02%に相当する。

この数値を日本全国の6.6kV配電系に単純換算すると、949MWから921MWへ27.9MWの削減となり、追加の設備投資なしに構成変更のみによって一般家庭約1万軒分(火力発電一基の1/10)相当の電力が削減される計算だ。二酸化炭素に換算すると、一時間あたり15.5tの削減となる。

今回の研究では、配電網の制約条件を満たすすべての構成を探索するアルゴリズムを開発し、損失最小化への応用によって、その有用性の一端が明らかにされた。この技術によって、追加の設備投資なしに送電損失を最小化し、化石燃料を節約することが可能なのは、前述した通りである。

また、ZDDの索引構造としての特徴を利用すると、特定のスイッチ条件に合致する構成を高速に検索できるため、配電網の運用上の都合や故障対応などの追加的な制約が発生したとしても、柔軟に構成を絞り込むことが可能だ(画像4)。

画像4。ZDDの例。画像の3つのZDDは、始点aから終点Tへの経路を用いて、実線をたどる要素の組合せを表す。例えば、左のZDDはacとbcという組合せを表している。今回の研究では、この組合せをスイッチaとcを閉じた配電網構成と、スイッチbとcを閉じた構成に対応させた形だ。さらにZDDが備える演算アルゴリズムによって、左と中のZDDから共通する組合せacを表す右のZDDを得ている。このように、今回の研究では異なる制約を満たす構成を求めてから、ZDDの演算によって両制約を満たす構成を得ている仕組みだ

今後は、電力系の技術者にとって扱いやすい実用的な設計・運用支援ツールとして提供できるように、今回の研究成果に基づいたソフトウェアの整備を進めていくとしている。さらに研究グループは、今回の研究の発展的応用として、地震・津波に備えた避難所の配置問題や、道路網の設計・運用の問題など、社会的に重要なさまざまな問題にも取り組んで行く予定であるとした。