理化学研究所(理研)は2月20日、日本人と東アジア人集団を対象とした「ゲノムワイド関連解析」を行い、肥満の指標である「BMI(Body Mass Index)」の個人差に関わる5個の新規遺伝子を同定したと発表した。成果は、理研ゲノム医科学研究センター循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー、統計解析研究チームの岡田随象客員研究員らの研究グループによるもので、論文は同定した新規遺伝子に関する内容と大規模解析に関わる内容の2報があり、科学雑誌「Nature Genetics」オンライン版に日本時間2月20日に掲載された。

世界の肥満人口は増加傾向にあり、現在、20億人程度に達すると推定されている(出典:World Health Organization)。肥満を改めて説明すると、正常な状態と比較して体重が増加した状態のことで、主な原因は体脂肪の蓄積だ。肥満の指標には、体重と身長から計算されるBMI(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が最も一般的に用いられており、BMI25以上で肥満とされている。

そして肥満は、2型糖尿病や心筋梗塞、高血圧といった生活習慣病をはじめ、数多くの疾患の原因となることが知られているため、重要な健康問題として認識されている状況だ。

肥満には、環境的要因に加え遺伝的要因の関与が知られており、現在までに数10個の原因遺伝子が同定済みだが、そのほとんどは欧米人集団で同定されてきたものだ。日本人を含む東アジア人集団では、欧米人種と比較して軽度の肥満で疾患にかかりやすいことから、東アジア人に特有の肥満と生活習慣病の関係が予想されていたが、その原因は謎のままであり、東アジア人集団に特異的な肥満の原因遺伝子同定が望まれていた次第だ。

そこで研究グループは、文部科学省が推進する「オーダーメイド医療」(個人の遺伝情報に基づいて行われる医療)実現化プロジェクトのもと、日本人集団2万6620人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約220万個の「一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)」とBMIの値との関連を調べるという大規模なゲノムワイド関連解析を実施した。なお、ヒトゲノムにおける個人間の違いにおいて集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶが、その代表的なものとして、一塩基(チミン:T、グアニン:G、シトシン:C、アデニン:A)の違いによるSNPがある。

またゲノムワイド関連解析とは、遺伝子多型を用いて対象形質に関連した遺伝子を見つける方法の1つだ。ヒトゲノムを網羅した数10万~数100万のSNPを対象に、対象サンプル群における多型頻度と形質値との関連を統計学的に評価する手法である。検定の結果得られた、偶然にそのようなことが生じる確率である「P値」が小さい多型ほど、関連が強いと判断することができる。

さらにこの解析結果を、東アジア人集団における遺伝的背景の解明を目的とした国際共同プロジェクト「アジア遺伝疫学ネットワークコンソーシアム(AGEN consortium)」のもと、中国、シンガポール、台湾、韓国、および日本の施設から集めた東アジア人集団2万7715人を対象にした同様な解析結果と照合。

その結果、BMIの個人差に関わる14個の遺伝子を同定し、その内の5個の遺伝子(「PCSK1」、「CDKAL1」、「KLF9」、「PAX6」、「GP2」)は新規であることを見出した(画像1~3)。日本人集団を対象とした解析では、新規遺伝子の内で特にCDKAL1遺伝子とKLF9遺伝子で強い関連が認められた。

画像2と画像3のグラフは、ヒトゲノム染色体上の位置(横軸)と各SNPのP値(縦軸)のプロットとなっている。個々人のBMIの値とSNPとの関連を調べた結果だ。上方にあるほどBMIに対する関連が強い。関連を認めた遺伝子(グラフ中の記号)14個のうち、新規に5個の遺伝子(青字)が同定された。

画像1。東アジア人集団でBMIに関連する遺伝子

画像2。日本人集団2万6620名におけるBMIに対するゲノムワイド関連解析結果

画像3。東アジア人集団2万7715人におけるBMIに対するゲノムワイド関連解析結果

生活習慣病に関するこれまでの疫学調査結果から、肥満は2型糖尿病のリスクを上昇させることが報告されている。また、同定した遺伝子の1つCDKAL1遺伝子は、2型糖尿病の原因遺伝子としても知られているものだ。

そこで研究グループは、CDKAL1遺伝子領域のSNPについて肥満と2型糖尿病との関係を調べたところ、誰もが予想される結果とは逆に、肥満のリスクを上昇させるSNPが2型糖尿病のリスクを減少させることが見出された。この結果は、肥満と2型糖尿病の関係を検討する上で新たな知見をもたらすものである。

さらに、ゲノム上の全遺伝子領域を対象に、2個のSNPの組み合わせによる「遺伝子間相互作用(gene-gene interaction)」を網羅的に解析。その結果、KLF9遺伝子領域が、体の大きさや筋肉量を規定する「GDF8(MSTN)」遺伝子領域と相互作用して、BMIの個人差に関与することを明らかにした。なお遺伝子間相互作用とは、複数の遺伝子が相互作用を及ぼすことにより、対象形質に影響を与える現象のことだ。

KLF9遺伝子は、脂肪細胞の代謝に関連する遺伝子の1つであることは知られていたが、実際にKLF9遺伝子のSNPと肥満との関連を示したのは今回が初めてで、GDF8遺伝子との相互作用の発見は、肥満の原因解明に寄与するものと考えられている。

今回同定した遺伝子を対象に研究が進めば、日本人をはじめとする東アジア人に特有な肥満の原因解明が期待できると研究グループではコメント。また、これら遺伝子上のSNPを用いた肥満や生活習慣病リスクの予測など、個々人に合わせたオーダーメイド医療への応用にも貢献できると述べている。