国立がん研究センターなどの研究グループは、共同で高速シークエンサを用いて肺腺がん30症例の全RNA解読を行ない、治療に有効な新しい遺伝子融合を同定したことを発表した。

この研究は、医薬基盤研究所「保健医療分野における基礎研究推進事業」の支援により行なわれたもので、成果に関する論文は英国医科学誌「Nature Medicine」に掲載された。

今回の研究の主な成果は以下の3点。

1つ目は解読の結果、日本人の肺腺がん30例中1例に「RETがん遺伝子」と「KIF5B遺伝子」の融合が生じていることを発見したこと。解読例を含む肺腺がん全319例で陽性例を探索したところ、KIF5B-RET遺伝子融合は6例(1.9%)に生じていたことが確認された。6例はすべて非喫煙者で、米国の肺腺がん80例を調べたところ、喫煙者の1例(1.3%)にKIF5B-RET遺伝子融合が生じていたことが確認された。この結果から、日本および米国の肺腺がんの1~2%にRETがん遺伝子とKIF5B遺伝子の融合が生じているとの結論に至ったという。

2つ目はKIF5B-RET遺伝子融合は、既知のがん遺伝子変異であるEGFR変異、KRAS変異、HER2 変異、ALK遺伝子融合のない肺腺がんに生じていた(つまり、相互排他的な関係にあった)ということ。KIF5B-RET融合遺伝子を発現させると、NIH3T3マウス線維芽細胞は形質転換(Transformation)し、軟寒天中で足場非依存性に増殖するようになった。以上より、KIF5B-RET遺伝子融合はがん化責任変異(ドライバ変異)であると結論づけられた。

そして3つ目はKIF5B-RET融合遺伝子の発現によってもたらされる足場非依存性増殖能(がん化能)は、RETチロシンキナーゼ活性の阻害効果を持つ米国FDA承認薬「vandetanib(ZD6474)」で抑制されるということ。この結果は、vandetanibを含めたRETチロシンキナーゼ阻害薬により KIF5B-RET融合陽性の肺腺がんを持つ患者に高い治療効果が期待できる可能性を示すものだという。

肺がんはがん死因第一位であり、年間に日本で7万人、全世界で年間137万人の死をもたらす難治がん。肺腺がんは肺がんの中で約半数を占め、増加傾向にあるが、喫煙との関連が弱く非喫煙者にも発生するため予防は容易ではない。そのため、効果の高い治療法の開発が強く求められている。

日本人の肺腺がんの約半数はEGFR遺伝子の変異を持ち、陽性例はEGFRタンパク質のチロシンキナーゼに対する阻害薬「gefitinib」「erlotinib」が治療効果を示す。

また、2007年に、自治医科大学の間野博行教授らの研究グループにより、肺腺がんの約5%に存在するALK遺伝子の融合が発見され、昨今、陽性例はALKタンパク質のチロシンキナーゼに対する阻害薬「crizotinib」が著効することが明らかにされている。

そこで研究グループでは、治療の標的となる新たな遺伝子融合を同定するため、高速塩基配列解読技術を用いて、日本人肺腺がん30例の全RNAの解読を実施。結果として、1~2%を占めるKIF5B-RET融合を持つ肺腺がんにRETチロシンキナーゼ阻害薬が治療効果を示す可能性を示した。

腺がんが肺がんの約半数を占め、その2%に当たる700人/1万人強に、RET阻害薬が治療効果を示すことが期待される。今後は、KIF5B-RET遺伝子融合を検出する検査法を確立し、融合陽性の肺腺がん症例におけるRETチロシンキナーゼ阻害剤の治療効果を明らかにしていく考え。また、肺がんのゲノム生物学解析を続け、治療標的となる、さらなる遺伝子融合・変異を同定していくという。

今回の研究は、遺伝子融合を標的とした肺腺がんの新しい治療法を提案するもの。また、国立がん研究センター内外の研究協力体制、バイオバンクの有用性を示すとともに、2011年4月の「世界で最初の肝臓がん全ゲノム解読解析」の発表に続き、日本のがんゲノム解析の力を実証するもの、としている。

今後は、進行肺腺がんにおけるKIF5B-RET遺伝子融合を検出する検査法を確立し、融合陽性例におけるRETチロシンキナーゼ阻害剤による治療効果を明らかにしたい考え。

これまでの研究結果と今回の研究結果を総合すると、6割の肺腺がん患者に何らかの分子標的治療薬の効果が見込まれるという。現在、国立がん研究センターでは、EGFR遺伝子変異、ALK遺伝子融合陽性の肺腺がんに対する分子標的治療が実現している。また、RET融合遺伝子以外にも、治療標的となる遺伝子異常を見出している。

今後、RET遺伝子融合や他の遺伝子異常に対する分子標的治療を行なうことで、患者個人個人にできたがんの遺伝子情報に基づく個別化医療の拡大を目指す。また、近い将来には、患者にできたがんの遺伝子を解析し、遺伝子異常を正確に把握することで、より安全で効果の高い臓器横断的な治療が実現できる、としている。