海上保安庁海洋情報部、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、静岡大学、深田地質研究所、アイオワ大学、テキサス大学ダラス校、ハワイ大学、ロードアイランド大学の合同研究グループは共同で、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の有人潜水調査船「しんかい6500」を用いて、マリアナ海溝南部のチャレンジャー海淵北東方に位置する海溝陸側斜面の前弧域を調査し、水深5620mの深海底にマントル物質(蛇紋岩化したカンラン岩)から栄養を摂る深海化学合成生態系(シロウリガイ類の大規模なコロニー)を発見したと発表した。

成果は、「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of USA:PNAS)」の2月6日の週発行のオンライン版に掲載された。

グアム島やサイパン島を有するマリアナ弧は、世界の中でも最も典型的な沈み込み帯の1つだ。グアム島以北のマリアナ弧では、「前弧」(沈み込み帯の海溝から火山列までの間の部分のこと)の発達が顕著であり、多数の「蛇紋岩海山」の存在で特徴付けられている。通常、前弧は100kmから130km程度だが、マリアナ地域においては、特にグアム島以北で前弧の発達が顕著だ。

マリアナ海溝は、太平洋プレートがフィリピン海プレートへ沈み込んでいることで形成されている。蛇紋岩海山は、沈み込む太平洋プレートからの流体の供給で「カンラン岩」(上部マントルの主要構成岩石であり、主に「カンラン石」、「斜方輝石」、「単斜輝石」、「スピネル」などの鉱物の集合体)が「蛇紋岩化」し、浮力が発生することで形成されると考えられている。

なお蛇紋岩化とは、カンラン岩が水と反応して蛇紋岩(変成岩または火成岩として扱われ、蛇のような模様が特徴)に変成されることをいう。カンラン岩中の、カンラン石、斜方輝石、単斜輝石が水と反応し、アスベストの一種である蛇紋石が生成されるのだが、蛇紋石は密度が小さいため、上部マントル中のある部分が蛇紋岩化されると、周囲のカンラン岩に対して浮力を持ち、その蛇紋岩体は地表に向けて上昇する。このメカニズムにより、蛇紋岩海山が発生する仕組みだ。

一方、グアム以南のマリアナ弧においては、蛇紋岩海山は存在していない。その代わり、マリアナ海溝の深海底に地殻深部から上部マントルの断面が広く露出しているという具合だ。このグアム以南のマリアナ弧には、世界最深部であるチャレンジャー海淵が存在することが良く知られている。

蛇紋岩化したカンラン岩に生じる熱水系や湧水系の存在は、15年前より知られていた。蛇紋岩海山の1つである南チャモロ海山では、強アルカリ性の湧水系とシンカイヒバリガイ類に代表される「化学合成生態系」が1997年に発見されている。

化学合成生態系とは、光合成によるエネルギーではなく、海底から湧き出す熱水や湧水に含まれるメタンや硫化水素に依存する生物からなる生態系のこと。それらの生物の多くは、体内にメタン酸化細菌や硫黄細菌を共生させており、それらの細菌がメタンや硫化水素を酸化する際に生じるエネルギーを利用して生命を維持している。シロウリガイ類、シンカイヒバリガイ類、ハオリムシ類などが代表例である。

また、大西洋中央海嶺の「ロストシティフィールド(Lost City Field)」では、蛇紋岩化したカンラン岩に生じた低温かつ強アルカリ性の熱水系と化学合成生態系の存在が2001年に発見され、注目を集めた。それ以前は、海底拡大域の熱水系は、強酸性かつ摂氏約400度に達する高温の熱水系しか知られていなかったのである。

2010年9月に実施されたYK10-12航海では、地殻深部から上部マントルの断面の研究を目的として、「しんかい6500」を用いてグアム南西に位置するマリアナ海溝南部の海溝陸側斜面の調査が実施された(画像1)。

潜航調査では、目視できる湧水の噴出は確認されなかった。しかし、カンラン岩の蛇紋岩化作用に伴う強アルカリ性の湧水系の存在が、これらの化学合成生態系の生命活動を担っていると考えられるため、この場所を「しんかい湧水フィールド(Shinkai Seep Field)」と命名。この潜航で、蛇紋岩化したカンラン岩、ハンレイ岩、優白色の石灰岩様の岩石および約30個体の生きたシロウリガイ類の採取が行われた。

画像1。マリアナ海溝およびしんかい湧水フィールドの位置図(左)と詳細な海底地形(右)。しんかい湧水フィールドは、世界最深部のチャレンジャー海淵の北東方約80kmに位置する。海底地形図には、「しんかい6500」第1234潜航の航跡と、しんかい湧水フィールドの存在範囲が示されている

この航海の「しんかい6500」第1234潜航において、蛇紋岩化したカンラン岩に生息するシロウリガイ類に代表される化学合成生態系が発見されたのである。この生態系を構成する優占的な生物はシロウリガイ類で、大規模なコロニーが形成されていた(主要なコロニーの水深は5620m)(画像2)。

画像2。しんかい湧水フィールドの産状(左・中)と採取した蛇紋岩化したカンラン岩の例(右)。蛇紋岩化したカンラン岩に、シロウリガイ類に代表される化学合成生物群集が大規模なコロニーを形成している(左・中)。視野はそれぞれ、約10m(左)、約3m(中)だ。カンラン岩には、流体が流入した痕跡として白い脈が形成されている(右)

マリアナ海域からシロウリガイ類が発見されたのは、今回がはじめてとなる。また、これまでに知られているシロウリガイ類を伴う化学合成生態系は、堆積物の分解に起因するメタンの湧水系に生息するもの(相模湾や南海トラフ、日本海溝など)と、高温の海底熱水系に生息するもの(ガラパゴスリフトや沖縄トラフなど)の2種類に大きく分類されていたが、蛇紋岩化したカンラン岩の湧水系に生息するシロウリガイ類が発見された例は、今回がはじめてだ。

シロウリガイ類については、貝殻の形態および組織のDNA解析を実施。その結果、それらは新種のシロウリガイ類である可能性が高く、大西洋中央海嶺の蛇紋岩化したカンラン岩に生じた高温かつ強アルカリ性の熱水系である「ロガチェフフィールド(Logatchev Field)」で産出する種に近縁であることが判明した(画像3)。

画像3。しんかい湧水フィールドから採取されたシロウリガイ類の標本写真。DNA解析の結果から、大西洋中央海嶺のロガチェフフィールドで産出する種に近縁であることが判明した

そのため、今回の発見は、深海化学合成生態系の代表的なメンバーであるシロウリガイ類は、地理的に近い場所に近縁な種が分布するのではなく、例え遠距離にあっても類似した環境に近縁な種が分布するということを示していることになる。これはシロウリガイ類の世界的な分布状況や進化過程を論ずるための、生物地理学的に重要なデータを与えることとなった。

また、優白色の石灰岩様の岩石について、透過型電子顕微鏡観察およびX線回折による分析を実施し、この石灰岩様の岩石が主に「ブルース石(水酸化マグネシウム)」と「アラゴナイト(炭酸カルシウム)」から成ることが判明した。この結果は、蛇紋岩海山における炭酸塩チムニーの組成と類似しており、しんかい湧水フィールドは、沈み込む太平洋プレートの脱水反応による流体を起源とする湧水系であることを示しているというわけだ。

そうした事実から考えると、しんかい湧水フィールドでは、以下に示す化学反応が発生していると予想される。まず、以下のカンラン岩の蛇紋岩化作用によって水素が発生。

  • カンラン石+H2O=蛇紋石+ブルース石+磁鉄鉱(および鉄ニッケル合金)+H2

次に、この水素から、磁鉄鉱および鉄ニッケル合金を触媒として「フィッシャー・トロプシュ型反応」により、無機的にメタンが生成される。

  • CO2+4H2=CH4+2H2O

このメタンから、次の嫌気的メタン酸化と呼ばれる反応により、硫化水素が生成。

  • CH4+SO42-=H2S+H2O+CO2-

最後に、シロウリガイ類に共生する硫黄細菌が、この硫化水素を酸化することでエネルギーを獲得し、「カルビン・ベンソン回路」によって炭素固定することで有機物を合成する。この有機物をシロウリガイ類が摂取することでシロウリガイ類は生育できるというわけだ。

  • H2S+2O2=SO42-+2H+

この一連の反応は、原始地球上に誕生した初期生命のその発生時の状況を模していると考えられており、蛇紋岩化したカンラン岩が関与する熱水系や湧水系の理解が、原始地球上の初期生命発生の解明や、地球外生命の発見のカギを握ると考えられている。

一方、大西洋中央海嶺の「ロストシティフィールド」では、化学合成生態系のバイオマスが小規模であることから、蛇紋岩化したカンラン岩に生じる熱水系や湧水系では、大規模なバイオマスは存在できないと考えられていた。しかし、しんかい湧水フィールドにおけるシロウリガイコロニーは、相模湾や南海トラフのものを上回る大規模なものであり、今回の発見により、蛇紋岩化したカンラン岩に生じる湧水系であっても、大規模なバイオマスを保持できることが示されたのである。

1997年に、蛇紋岩海山である南チャモロ海山において、強アルカリ性の湧水系と「シンカイヒバリガイ類」に代表される化学合成生態系が発見されていたが、しんかい湧水フィールドは、蛇紋岩海山に伴われず、上部マントルの断面に生じた新しいタイプの湧水系だ。

マリアナ海溝南部においては、地殻深部から上部マントルの断面の露出が多いことが知られており、マリアナ海溝南部から、しんかい湧水フィールドと同様な湧水系が、今後、次々と発見される可能性を示している。また、マリアナ海溝南部と同様な地質学的なセッティングにあるトンガ海溝においても、同様な湧水系の発見が期待されることとなった。

今回の結果は、海底熱水系や湧水系の活動が海洋や大気の化学組成成分の全体収支に与える影響の再検討が必要なことを示すと共に、海底熱水系や湧水系の活動に支えられた化学合成生態系が、より高い地質学的背景の多様性と広がりを持っていることを示すものになるという。