沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニット(佐藤矩行教授、竹内猛研究員、川島武士研究員、小柳亮研究員ら)は、東京大学やミキモトグループなどとの共同研究で、日本国内において明治時代から真珠の養殖に利用されているアコヤガイ(学名:Pinctada fucata)のゲノム解読に成功した。同研究成果は2012年2月7日に科学雑誌「DNA Research」(オンライン版)に掲載された。

1990年代前半の赤潮、90年代後半の赤変病の発生などにより、真珠養殖業は大きな損害を被った。さらに近年、国産アコヤガイと南方系アコヤガイの交雑化が急速に進んでおり、その結果、純国産のアコヤガイから得られる優れた品質の真珠が失われつつある。

そこで研究グループでは、ミキモト真珠研究所で維持されている純国産系統のアコヤガイを用いて、ゲノム解読を実施。得られたゲノム情報からは、国産アコヤガイ真珠が持つ、特有の輝きの秘密を解明できる可能性があるだけでなく、今後、日本在来種・純国産系統を維持管理する上でも、重要な遺伝情報となるという。

アコヤガイは軟体動物である二枚貝の仲間。動物のゲノムは一般的に4~6億塩基対からなるが、二枚貝のゲノムは他の動物に比べて11~30億塩基対と大きく、ヒトゲノム32億塩基対の約3分の1にも匹敵する。アコヤガイのゲノムは二枚貝の中では比較的小さいものの、そのゲノムの解読はこれまで困難を極めていた。

今回、OIST研究員らのグループは、このアコヤガイゲノムを、OISTの保有する次世代型高速シーケンサを用いて解読。その結果、アコヤガイゲノム中には少なくとも2万3,000個以上のタンパク質を作り出す遺伝子が存在することが明らかになった。

また、解読したゲノム中に、これまでに確認されている貝殻・真珠形成関連遺伝子が存在するか調べた結果、ほぼすべての存在を突き止めることができたという。

研究グループでは、アコヤガイゲノム解読の意義として次の4点を挙げている。

1.真珠ができる仕組みの解明

アコヤガイの貝殻は、外套膜(図1 A, B)という組織から分泌されるタンパク質などの有機分の働きによって形成される。貝殻の内面には、真珠層という文字通り真珠の光沢を生み出す層がある(図2)。外套膜が傷つくなどすると、表面の細胞が体の内部に落ち込むことがある(図1 C)。この細胞が増殖して袋状になり、袋の内部にタンパク質などを分泌すると、貝殻と同じ成分の球状の物質が形成される(図1 D)。これが真珠となる。

図1 アコヤガイの断面模式図。体の周りを外套膜がおおい、さらにその外側を貝殻が包む。黒枠部分を拡大したのがB~Dの図

図2 アコヤガイ貝殻 内側の写真

真珠層は、炭酸カルシウムの層(厚さ約0.4μm)と、タンパク質を主成分とする有機質の薄層(約0.02μm)が規則正しく交互に積み重なっている(図3)。しかし、どのようにしてこのような精密な構造が作られるのか、未だわかっていない。また、真珠層は純粋な炭酸カルシウム結晶に比べて、約1000倍の強度があり、真珠構造は物質・材料科学の分野からも注目されている。さらに、アコヤガイ貝殻の内側を見ると、2種類の層(真珠層と稜柱層)があることがわかる(図2)。これらの層は、アコヤガイが分泌するタンパク質の働きによって作り分けられていると考えられるが、その詳細な仕組みについては解明されていない。

図3 アコヤガイ貝殻 真珠層断面の電子顕微鏡写真

今回のゲノム解読によって明らかにされた遺伝子には、アコヤガイが作ることのできるタンパク質の情報が記されている。前述のように、真珠や貝殻の形成には、タンパク質が重要な役割を担う。言い換えれば、ゲノムの解読により、真珠・貝殻形成メカニズムに関わる全ての遺伝子情報が得られたことになる。この情報をもとに今後、実験・解析が進めば、真珠や貝殻のできる仕組みの解明が期待される。さらに、沖縄県で養殖されているクロチョウガイやシロチョウガイと比較することで、これらの生き物がどのようにして、黒や黄金など様々な色の美しい真珠を生み出すのか、そのメカニズムも解明されていくと考えられる。

一方で、アワビ(巻貝の仲間で、二枚貝のアコヤガイとは系統学的にやや離れている)において貝殻形成に関わるとされる遺伝子は、ほとんど見つからなかった。アワビの貝殻にも真珠光沢があるが、アコヤガイとアワビとでは、真珠層の形成メカニズムが異なると考えられるという。

2. アコヤガイの品質管理の基盤

アコヤガイゲノムには、"トランスポゾン"(細胞内においてゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列)や"マイクロサテライト"(ゲノム中に散在する反復配列で、特に数塩基の単位配列の繰り返しからなる)という、特徴的な繰り返し配列が約10%存在していることが分かった。これらの配列は、DNAマーカーとして利用することができるため、養殖貝の品質管理・親子判別・品種改良など、水産業の現場で有用な情報になるという。

3. アコヤガイを守るための基盤

ゲノム情報は、真珠だけでなく、アコヤガイの生態・生理を研究する上でも有用。例えば、海洋の環境変動(水温の上昇や酸性化など)が、貝にどのように影響するのか、遺伝子のレベルで研究することが可能だ。これは、カキ・ホタテ・シジミなど、他の貝類への影響を理解する上でも、貴重なデータになるという。

4. 世界初の軟体動物ゲノム論文

軟体動物とは、カキ・アワビ・イカ・カタツムリなどを含む、海・河川・陸地など様々な環境に生息する多様な動物グループ。軟体動物には水産資源としても重要な生き物が数多く含まれているにも関わらず、これまではほぼ揃ったゲノム情報がなく、そのため、他の動物グループに比べて研究が進んでいなかった。今回の研究は、アコヤガイにとどまらず、軟体動物がどのような動物群なのかを理解する研究の発展に役立つと期待されるという。

竹内猛研究員は「アコヤガイを用いた真珠養殖は、日本で発明され、発展しました。現在でも、真珠のできる仕組みを調べる研究は、日本が世界をリードしています。アコヤガイを含む貝類の研究は、これまではゲノムや遺伝子のデータが限られていたことが課題でした。今回のゲノム解読により、真珠研究にとどまらず、貝類の研究全体が大きく進展すると期待しています」とコメントしている。

真珠はその美しさにより人々を魅了する一方で、貝が宝石を作り出すという事実は、科学者にとっては大変興味深い研究対象だという。アコヤガイの真珠や貝殻のように、生物が固い組織を作る働きのことを、「バイオミネラリゼーション」という。アコヤガイを用いたバイオミネラリゼーションの研究は、日本が世界のトップであり、事実、アコヤガイの貝殻形成に関わるタンパク質のほとんどは、日本人研究者によって発見されているという。

日本の研究グループにより国産アコヤガイゲノムが解読されたことは、こうした歴史・研究背景から見ても大変意義深いことであり、今後ゲノムデータが活用され、アコヤガイが日本発の「バイオミネラリゼーションのモデル生物」となることが期待される。