京都大学(京大)は2月1日、昆虫の中でも特に種数が多い甲虫において、飛翔能力の退化が種の多様化における主要な推進力となってきたことを確認したと発表した。研究は京都大学理学研究科の曽田貞滋教授らの研究グループによるもので、成果は英科学雑誌「Nature Communications」に英国時間1月31日付けで掲載された。

昆虫は地球上の全生物種の半数を占めており、最も種数が多い生物群だ。昆虫は古生代シルル紀(4億2000万年前)に登場した最古の陸上動物の1つであり、有翅昆虫(有翅亜綱)は4億年前には出現していたと推測されている。

昆虫が繁栄している理由の1つが、翅(はね)を進化させ、飛べるようになったことだ。現在知られている昆虫の種は約100万種に及ぶが、その99%は有翅昆虫である。昆虫の中で特に種数の多いグループは、甲虫目、双翅目(ハエ、カ)、膜翅目(ハチ、アリ)、鱗翅目(チョウ、ガ)の4種類で、いずれも有翅昆虫だ。飛翔能力の獲得によって、広い範囲でエサや配偶者を探すことが可能になり、さらにさまざまな地域や生息環境へと分布を広げることが可能になったことが繁栄につながったというわけだ。

しかし、翅とそれを動かす飛翔筋を形成するには大きなコストがかかる。飛翔のために費やす物質・エネルギーを繁殖や生存にまわせば、より多くの子孫を残せる場合もあるのだ。

そこで、飛翔筋の退化や、翅そのものの退化によって、飛ばずに生活する方向に進化した昆虫もしばしば見られる。一般に、移動分散力が乏しい生物ほど、異所的な集団間の遺伝的な分化が進み、そのために種分化を起こしやすいと考えられるわけだ。従って、飛翔能力を失った昆虫の系統では、種分化が速く進行することが予測される。

研究グループでは、約35万種と昆虫の中でも特に種数が多い甲虫類(昆虫の種の40%を占める)について、「適応的に飛翔能力が退化した系統では、移動力が低下して、異所的種分化が促進され、種が増加する」という仮説を立て、「ヒラタシデムシ」(画像1)というグループでその仮説が検証された。

ヒラタシデムシは甲虫目多食亜目ハネカクシ上科の、シデムシ科ヒラタシデムシ亜科に属する。飛翔できる種は、哺乳類など脊椎動物の死体を主なエサとするが、飛翔能力が退化した種は、ミミズなどの無脊椎動物をエサとしている。

なお、甲虫目(鞘翅目)は前述したように有翅昆虫の主要なグループで、その祖先は約2億8500万年前(三畳紀)に出現したという。現在35万種以上が知られていて、4つの亜目、168の科に分類されている。

また、甲虫の翅は、前翅と後翅で構成され、前翅は固く体の後半を覆っており、「鞘翅(さやばね)」と呼ぶ。後翅は膜状で、前翅の下に折りたたまれて収納されているのが特徴だ。飛翔の際には前翅を開いて、後翅を展開させて飛翔筋を使って羽ばたく。一般的には、飛翔筋が退化した後に後翅の退化が起きる。そのため、飛翔筋が退化していれば後翅があっても飛翔できない。後翅の長さには遺伝的変異があり、縮小・退化すると飛翔できなくなる。

画像1。ヒラタシデムシ亜科の飛べる種の「ベッコウヒラタシデムシ」と、飛べない種の「ホソヒラタシデムシ」

まず、飛翔できる種とできない種の間で、集団間の遺伝的分化の程度を調べた。すると、予想された通りに飛翔できる種では地理的集団間の分化の程度が非常に小さいのに対し、飛翔できない種では集団間で明らかに分化しており、潜在的に異所的種分化が起きる可能性が高いことが確認されたのである。

さらに、系統樹の上で飛翔能力を保持している系統と退化した系統との間で種分化速度を比較し、飛翔能力が退化した系統の方が、種分化率が高いことも示された。最後に、甲虫の15科51種に関する既存の研究例を分析し、飛翔能力のない種がある種に比べて地理的な遺伝的分化の程度が大きいことも判明したのである。

甲虫の種多様化の理由として、かつて「被子植物が登場してそれを食べる甲虫が進化し、被子植物の多様化とともに甲虫の種の多様化が起こった」という説が提唱されたことがある。被子植物とは、白亜紀(1億4000万年前)以前に出現し、白亜紀以降に急速に多様化した特徴を持つ。

被子植物を利用する甲虫は全体の3分の1ほどで、植物の多様化とそれを食べる昆虫の多様化が同時に起こる仕組みは、軍拡競走的な「共進化」で説明されてきた。つまり、植物が食べられないように新しい防御形質を進化させると、昆虫はそれを破るような形質を進化させ、さらに植物の防御形質の進化を促す。これが繰り返される内に、種が多様化するという仮説である。

また、被子植物食になったことで甲虫が多様化したという仮説は、1998年に発表されたFarrellの分子系統を用いた研究で支持された。しかし、甲虫目の大半の科を含めた分子系統樹をもとにした最新の研究では、植食性の甲虫の種分化の速度が特に速いという証拠は得られていない。そのため、現在では「被子植物が登場してそれを食べる甲虫が進化し、被子植物の多様化とともに甲虫の種の多様化が起こった」とする仮説は支持されていない。

さらに、甲虫のほとんどのグループは被子植物が多様化する以前に分化し、多様化を続けてきたこともわかってきた。つまり、甲虫はその進化の初期において多様な生態的適応を遂げ、その後も衰退することなく種を増やしてきたものと推測されるのである。

甲虫全体で飛翔のための翅(後翅)がない種は約10%、科によっては20~25%に及ぶ。飛翔筋がなくて飛べない種を含めると、飛べない種はさらに多いと考えられている。

なお、ヒラタシデムシの系統で飛ばなくなる進化が起きた理由は、エサにあるという。脊椎動物の死体という散在するエサを食べる習性から、ミミズなどのもっと連続的に分布していて歩いて探索のできるエサを食べる食性に進化した場合に飛翔能力の退化が起こったというわけだ。