物質・材料研究機構(NIMS)と科学技術振興機構(JST)は1月27日、有機溶媒に耐性のある極薄の「多孔性カーボン膜」を開発し、従来のろ過フィルタと比較して、不純物の除去速度を約3桁向上させることに成功したと発表した。NIMS先端的共通技術部門 高分子材料ユニットの一ノ瀬泉ユニット長らの研究グループによる開発で、成果は米科学雑誌「Science」に1月27日に掲載された。

世界規模での水不足が深刻になるにつれて、水処理技術への期待が高まっている。日本のメーカが製造している水処理膜は、海水淡水化や廃水処理に幅広く利用され、その性能はトップクラスかつ世界シェアも大きい。

しかしながら、既存の膜にも欠点がある。例えば、膜を形成しているポリマー(高分子)は、酸やアルカリ、化学薬品の影響により、徐々に分解してしまうのだ。また、多くの高分子膜は高温に加熱すると軟化し、有機溶媒によっては溶解してしまうという弱点を持つ。高分子膜の内部に数ナノメートルの流路を形成する技術も、現状では十分に確立されていないの状況である。

耐有機溶媒性のセラミックス膜では、直径1nm程度の細孔を持つ水処理膜が製造されているが、このような膜を薄く均質に製膜するには限界があり、流束が著しく小さい。

また現状の膜では、有機溶媒を高速で透過させることができない。一方、カーボン膜は、ガスや水蒸気の分離膜として古くから研究されているが、有機溶媒の高速透過が実現できていない。その実現には、力学的強度が大きな極薄のカーボン膜に、溶媒分子よりも大きな貫通孔を形成させる必要があるが、これが従来の製膜法では困難だったのである。

今回の研究では、高強度コーティングに用いられる「ダイヤモンド状カーボン(diamond-like carbon:DLC)」の製造方法である「プラズマCVD法」を応用することで、開孔径が大きなアルミナ基板の上に、厚さ35nmの高強度カーボン膜を自立膜として形成させた(画像1・2)。

画像1。高性能ろ過フィルタの模式図。有機溶媒(トルエン)は、35nmの薄さのカーボン膜(DLC layer)を高速で透過するが、不純物のモデル物質(アゾベンゼン)は、膜により阻止される。このカーボン膜は、ナノ多孔性のダイヤモンド状カーボン(DLC)からなる

画像2。多孔性アルミナ膜の上に形成されたカーボン膜の断面の走査電子顕微鏡像

また、製膜過程での基板温度を制御することで、カーボン膜の内部に約1nmの複数の流路を形成させることに成功。有機溶媒の高速透過を実現させた(画像3)。

画像3。トルエン分子は、高強度カーボン膜の内部に形成された極細の流路を透過する

高性能ろ過フィルタの製造方法は、以下の通り。まず、アノード酸化により形成されて「多孔性アルミナ膜」(開孔径:200nm)の上に、「ナノストランド」と呼ばれる極細の無機ファイバーをろ過し、アルミナ膜の表面を均一に覆う。多孔性アルミナ膜は垂直な貫通孔が形成されており、ろ過性能に優れた基盤なのが特徴だ。また、ナノストランドとは銅や亜鉛、カドミウムなどの硝酸塩の希薄な水溶液にアルカリを加えることで形成される極細のナノファイバー。

この膜に、アセチレンなどのガスを原料としてプラズマ蒸着によりDLC膜を形成させ、酸で処理することで、犠牲層として利用したナノストランド層を除去する。このような方法により、ヤング率(引っ張りまたは圧縮に対する材料の剛性の程度を示し、縦弾性係数とも呼ばれ、等方性材料の場合は、〔ヤング率:E〕=〔応力:σ〕/〔ひずみ:ε〕で表される)が170GPa(ダイヤモンドの約7分の1)の高強度カーボン膜が得られる。

カーボン膜には、直径約1nmの多数の貫通孔が形成されており、減圧ろ過により「アゾベンゼン」(分子量:182.2、平均分子サイズ:0.69nm)を94.4%、「プロトポルフィリン」(分子幅:1.47nm)を100%取り除くことができる。アゾベンゼンは赤色の有機化合物で、分子量182.2はトルエンの約2倍だ。一方のプロトポルフィリンは、通常プロトポルフィリンIXを指し、この鉄錯体は血液中の酸素の運搬に関与している物質だ。

有機溶媒の透過速度は、ガソリンに多く含まれる「ヘキサン」(CH3(CH2)4CH3で表される直鎖状アルカン)で239L/h・m2・barとなる(画像4)。また、ろ過フィルタの耐圧性は20気圧まで確認されており、圧力に比例して透過速度が大きくなることが実証済みだ。

画像4。有機溶媒の粘度と透過速度の関係。粘度が小さなヘキサン(No.1)は、ろ過フィルタを高速で透過する。粘度が大きなブタノール(No.10)は、透過速度が小さい。赤と青のラインは、異なる原料を用いて製造したカーボン膜における実験結果を示している。なお、図中の流束は、基板の開孔率(50%)を考慮した値であり、実際に観察される流束は、その半分の値になる(流束は、0.8barの減圧下で測定)。図中のヘキサンの流束は、382.2L/h・m2であるが、実測値は半分の191.1L/h・m2であり、1気圧(1.0bar)の圧力差に換算すると、239L/h・m2・barとなる

高強度カーボン膜は、10nmまで薄膜化することが可能。この場合、細孔サイズは3nm程度になるが、ヘキサンの透過速度は1800L/h・m2・barを超える。これらの値は、市販の有機溶媒用のろ過フィルタと比較して約3桁大きく、世界最高性能を達成したというわけだ。

今回の高性能ろ過フィルタは、有機溶媒を高速透過させる画期的なものであり、化学工業における製品(塗料、機能性ポリマー、医薬品など)の分離、触媒などが混入した有機溶媒のリサイクルなどに応用できる。

「オイルサンド」(カナダやベネズエラなどに分布している粘性の高い鉱物油分を含む砂岩のこと)からの原油の抽出では、既存のフィルタの耐性が低いため、オイルを含んだ排水を処理することが不可能だ。しかしながら、耐有機溶媒性のろ過フィルタでは、オイルを含む水溶液から微粒子(コロイド状の粘土など)を除去することが可能となり、水の有効利用に貢献する。

また、万が一、有害物質が地表水に混入した場合にも、汚染水の「一次処理」にも利用できると考えられている次第だ。オイル成分を含む汚染水の処理は厄介であるが、含まれるコロイド状の物質(ナノ粒子状の粘土)を除去できると、その処理が容易になる。耐有機溶媒性のろ過フィルタでコロイド状の物質を取り除いた後は、吸着剤や膜分離法を組み合わせて、水の浄化プロセスが完成できるというわけだ。

一方、都市部の環境汚染を低減するために、低硫黄ディーゼル油への要求が高まっているが、硫黄の含有量を10ppm以下にするため、水素化処理やゼオライトによる吸着処理などが現在は行われている。今回の高性能ろ過フィルタでは、分子状の硫黄化合物(主に「ジメチルベンゾチオフェン」)を除去できる可能性があり、クリーンな超低硫黄ディーゼル油の製造に貢献するかもしれないという。

プラズマCVDによる高強度カーボン膜の製造は、広く産業界に普及している。CVD法の大面積化は容易であり、実用化の妨げにはならない。一方、高強度カーボン膜を形成するための基板には、カーボン膜と同様な耐溶媒性と力学的性質が求められる。現状では、アノード酸化により製造された多孔性アルミナ膜を基板として用いているが、大面積のろ過フィルタを製造し、それをモジュール化するには限界があるというわけだ。今後は、基板として炭素繊維シートなどの最先端の素材を利用することで、高性能ろ過フィルタの量産化が実現し、さまざまな用途に利用されていくであろうと、研究グループではコメントしている。