京都大学は1月26日、生活圏における空間線量率を継続的かつ簡便に測定できるコンパクトで頑健な全自動システム「KURAMA-II」を開発し、福島交通の路線バスなどに搭載して実証試験中であることを発表した。京都大学原子炉実験所の谷垣実助教や奥村良同技術職員らを中心とする原子炉実験所福島支援ワーキンググループによって開発された。

これまで空間線量率は、モニタリングポストによる定点観測や、断続的な自動車走行サーベイや航空機サーベイによる観測などにで得ていたが、今回開発したKURAMA-IIは小型かつ安価に製造可能であり、測定のための特別な技術や装置を必要としないため、生活圏における広範囲にわたる継続的な空間線量率の測定が可能となる。

原子力災害において、迅速かつ精密な空間線量マップを作ることは、住民の被曝状況や環境の汚染実態を把握し、被曝低減のための適切な行動計画の作成や環境修復を行うための基礎データとして重要だ。

そこで、原子炉実験所では自動車などに取り付けた測定器で空間線量率を測定、そして測定位置をGPSにより測定し、ネットワーク回線を用いてこれらの情報を随時収集することで、広範囲の空間線量率をほぼリアルタイムに収集することができる安価な走行サーベイシステム「KURAMA(Kyoto University Radiation Mapping system)」を2011年4月に開発し、翌5月に福島県と実証試験を実施した。

類似のシステムと異なり、多数の測定車のデータをネットワーク経由でほぼリアルタイムに共有でき、さらにGoogle Earth上にリアルタイムでプロットできることから、臨機応変な対応や測定の効率の良さが評価され、6月から福島県および文部科学省の放射線量調査に使われている。

福島県では県内各地の住宅地を中心とした詳細な放射線量マップ作成のためのシステムとして採用され、特定避難勧奨地点指定のための一次データとしても使われた。文部科学省でも福島県やその近隣県における測定や、緊急時避難準備区域解除に向けた放射線測定に採用されており、その結果は放射線量等分布マップなどで公開されている。

2011年12月には航空機サーベイで空間線量率が0.2μSv/h以上と判定された地域での詳細な線量マップ作成のための測定が行われ、現在得られたデータの解析が進行中だ。このようにKURAMAは、まさに原子力災害における目に見えない放射線を見る「目」として活用されている状況である。

原子力災害による被災地域では、今後数10年の長期にわたって継続的な空間線量率のモニタリングが必要だ。しかし、その測定作業に関わる負担は可能な限り低減する必要があると研究グループでは考えており、そのためには測定のための走行を行うのではなく、すでに生活圏内で運行している移動体へ測定器を搭載して自動測定できると好都合だと判断したという。

そのような移動体の中でも路線バスやコンビニエンスストアなどの配送車は、定時性をもって決まった経路を運行すること、さらに運行経路が生活圏に密着して緻密に張り巡らされていることが特徴である。また、配達で使われるバイクは路線バスほどの経路の再現性や定時性はないものの、バスや配送車の入り込めない路地裏まできめ細かく回って行くという特徴を持つ。

仮にKURAMAの測定が完全自動化され、これらの生活圏内を常時巡回する移動体に搭載できれば、最低限の労力で継続的な放射線量の監視を行えるシステムを作れるというわけだ。そこで、KURAMAを改良し、堅牢・小型で特別な操作が不要な自動測定システムとしてKURAMA-IIが開発されたのである。

KURAMA-IIの構成は画像1の通り。KURAMA-IIの車載機は、CsI検出器、CPUを搭載した計測シャーシ、シャーシに挿入される3G/GPSモジュールから構成される。CsI検出器は2011年9月に発表された浜松ホトニクス社「C12137」で、γ線の空間線量率だけでなくエネルギースペクトルも得られるのが特徴だ。

画像1。KURAMA-II システム構成図

計測シャーシはNational Instrumentsの「CompactRIO」シリーズを使用。このシリーズは片手で持てるほどの大きさであり、自動車の衝突試験の際のデータ収集用に自動車に取り付けられるなど耐久性や信頼性にもすぐれているのが特徴である。また同社のグラフィカルプログラミング環境「LabVIEW」で開発されたソフトウェアが稼働できることも重要な点だ。これらの特長を活かし、KURAMA-IIの車載機ソフトウェアはLabVIEWで開発されており、実際の測定実績も豊富なKURAMAのソフトウェアがベースとなっている。

車載機は、移動中のGPSの位置情報と放射線検出器の測定値を保存すると同時に、携帯電話回線を経由してデータをゲートウェイへ送り出す仕組みだ。ゲートウェイで一般的なテキストデータへ変換されたのち、リアルタイムにインターネット上で共有される。共有された測定結果は従来のKURAMAと同様にGoogle Earth上に即座に可視化したり(画像2)、各種解析ソフトで読み込んで解析したりすることも可能だ。

画像2。Google Earth上でのデータ表示例

車載機は通常ツールボックス(34.5cm×17.5cm×19.5cm)に入れられ(画像3)、路線バスの場合は後部座席後方のスペースに設置される形となる(画像4)。

画像3。ツールボックスに入れられたKURAMA-II車載機

画像4。車内設置の様子

KURAMA-IIは2011年9月に原理検証試験を行い、CompactRIOとCsI検出器による機器構成の有効性、またKURAMAとKURAMA-IIでの線量測定結果が良い一致をすることが確認された。

その後、CsI検出器として浜松ホトニクスのC12137を使用した実証機の開発を進め、同12月に福島交通の路線バスにおける実証機の動作試験や、車内に設置するKURAMA-IIの計測値から車外の空間線量を求めるために必要な車体による遮蔽効果の測定を実施。

そして同12月27日より営業運転中の路線バスに搭載しての実証試験を開始した形だ(画像5)。この実証試験は数週間の予定で行われており、実際に走行してデータを取得する試験だけではなく、営業走行中のバスで発生するKURAMA-II側で制御できない電源ON/OFFへの対応可否なども評価されることになる。

このバスでの試験と並行してバイクへの搭載も試みられた(画像6)。バイクは自動車に比べて走行中の衝撃や振動が激しい上に電源などの制約も大きく、計測機器の搭載には困難が伴う。しかし、KURAMA-IIは小型で高い耐久性と省電力性を実現していることから、走行試験に成功している。

画像5。営業走行中のバスでの実証試験データ(例)

画像6。バイクへの搭載試験。荷台にKURAMA-IIと検出器の入った箱が設置されている

これらの成果を踏まえ、今後は路線バス、コンビニエンスストアの配送車、配達で使われるバイクなどへの搭載を進めて定常的な空間線量の監視体制の構築を行い、住民の安全や安心につなげていきたいと、研究グループではコメントしている。