東京大学(東大)大学院 理学系研究科 生物科学専攻を中心にした研究チームは、植物(シロイヌナズナ)を材料として、真核細胞に存在するトランスゴルジ網(trans-Golgi Network:TGN)に局在する「SYP4」という輸送制御分子の機能を解析。SYP4が分泌経路と液胞輸送経路の双方を制御し、病原菌に対する抵抗性に関与していることを発見した。この発見により、植物の耐病性を向上させる開発技術への応用が期待されると言う。同成果は「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)に掲載された。

真核生物の細胞内には、様々な種類の細胞小器官が存在している。葉緑体やミトコンドリアといった二重の膜で囲まれた細胞小器官は、細菌の細胞内共生により生じたものであり、それぞれが独立して機能していると考えられている。

一方で、小胞体やゴルジ体、液胞などは一重の膜で形成される細胞小器官であり、膜小胞や細管を介して相互に内容物をやりとりしている。この仕組みは「膜交通」とよばれ、タンパク質などの物質を細胞内の正しい場所へ輸送するために必須である。

トランスゴルジ網は、ゴルジ体に隣接する網目状の構造体で、小胞体で合成されたタンパク質がゴルジ体へ運ばれた後、最終目的地(細胞外への分泌や液胞など)に向けてタンパク質の選別を行う、膜交通において重要な分岐点となる区画だと考えられている(図1)。しかし、植物においては、トランスゴルジ網が固有の機能を果たす可能性も報告され、その生理的な役割についても不明だった。

図1 トランスゴルジ網が制御する膜交通経路の模式図。真核生物の細胞内には様々な種類の細胞小器官し、膜交通よって結ばれている。ゴルジ体、液胞などは一重の膜で形成される細胞小器官であり、膜小胞や細管を介して相互に内容物をやりとりしている。ゴルジ体に隣接する網目状の構造体は、トランスゴルジ網と呼ばれる細胞小器官である。植物細胞には、動物細胞には存在しない二重の膜で囲まれた葉緑体が存在している

膜交通においては、SNAREというタンパク質分子が、輸送小胞と細胞小器官膜の融合を担う実行因子として働いている。それぞれの細胞小器官に特異的なSNARE分子が存在し、特異的な膜融合を制御すると同時に、細胞小器官のアイデンティティを規定していると考えられている。

今回の研究チームでは、シロイヌナズナのトランスゴルジ網に局在するSNARE分子、SYP4の機能を解析することにより、植物細胞におけるトランスゴルジ網の役割を明らかにしようと考えた。シロイヌナズナにはSYP4が3遺伝子存在し、SYP41、SYP42、SYP43 と呼ばれている。これらの遺伝子のノックアウト変異体の表現型を詳しく解析し、トランスゴルジ網の細胞内輸送における役割、さらに植物の高次機能における生理的意義の理解を目指したと言う。

SYP41、SYP42、SYP43 のノックアウト変異体は、それぞれの単独変異では野生型に比べて目立った異常は示さなかったため、これらを掛け合わせて二重変異体を作出したところ、SYP42とSYP43の2つの遺伝子がノックアウトされた変異体(syp42 syp43 変異体)では、植物の矮化(その種の一般的な大きさよりも小形なまま成熟すること)が観察された。

さらに、SYP41、SYP42、SYP43 の3つの遺伝子のノックアウトは致死となることから、SYP41、SYP42、SYP43 が重複して機能していると結論し、syp42 syp43 変異体を用いて様々な機能解析を行った結果、SYP4が、分泌経路と液胞輸送経路の両方を制御していることを証明し、トランスゴルジ網が実際に膜交通の分岐点として機能していることを明らかにした。

また、syp42 syp43 変異体では、ゴルジ体とトランスゴルジ網の形態が異常になっており、この変異体を様々な環境ストレス下で育てるうちに、うどんこ病菌に対する抵抗性に異常があることを発見。シロイヌナズナの野生型ではほとんど生育できないうどんこ病菌(Erysiphe pisi )が、syp42 syp43 変異体では顕著に生育可能となっていた。syp42 syp43 変異体では、分泌異常のためにうどんこ病菌に対する抗菌物質の分泌や細胞壁の厚化がうまくいかず、その結果、うどんこ病菌の侵入と増殖を許す結果になったと考えられると言う。

一方、シロイヌナズナの野生型で増殖可能なうどんこ病菌(Golovinomyces orontii)をsyp42 syp43 変異体に感染させた場合には、植物の免疫応答に働くサリチル酸に依存した葉の黄化が観察され、葉緑体の機能が損なわれていることが分かった。これらのことから、病原菌感染時には、トランスゴルジ網に局在するSYP4が何らかの形で葉緑体の機能を制御しているという、新たな細胞小器官間のコミュニケーションの存在が示唆された(図2)。

図2 A:シロイヌナズナの野生型ではほとんど生育できないうどんこ病菌(Erysiphe pisi)を感染させた植物。野生型に比べて(左)、syp42 syp43 変異体では、うどんこ病菌の侵入と増殖を許し、うどんこ病の増殖が観察される(右)(写真のスケールバーは50μm)
B:シロイヌナズナの野生型で増殖可能なうどんこ病菌(Golovinomyces orontii)を感染させた植物。野生型に比べて(左)、syp42 syp43 変異体では、葉の黄化が観察された(中央)。葉の黄化は、植物の免疫応答に働くサリチル酸の合成遺伝子(SID2)を欠損させることで回復した(右)(写真のスケールバーは1cm)

今回の研究では、トランスゴルジ網に局在するSNARE分子であるSYP4の機能解析を通して、トランスゴルジ網が膜交通の分岐点として機能し、植物の免疫メカニズムを維持する上で重要な細胞小器官であることが明らかになった。

トランスゴルジ網の生理的意義については、これまで動物でも植物でも知見がなく、この研究成果は、細胞生物学的な視点からみても画期的だと言う。また、トランスゴルジ網に局在するSYP4が植物の免疫メカニズムを担うという発見は、農作物の耐病性を向上させる技術の開発にも繋がるものと期待されるとしている。

なお今後は、SYP4によってどのような因子が分泌され、どのような因子が液胞に輸送されているかについての理解と、トランスゴルジ網がどのように葉緑体とコミュニケーションをとっているかについての、より詳細な解析が求められる、としている。