慶應義塾大学は、カラスは仲間の「声」と「姿」を結びつけて認識していることを発見したと発表した。同大人文グローバルCOE(論理と感性の先端的教育研究拠点)の渡辺茂教授らの研究グループによるもので、成果は1月4日付けの学術専門誌「Proceedings of the Royal Society B(英国王立協会紀要)」に掲載された。

カラスの社会は「烏合の衆」といわれてきたが、近年の研究によって、相手の視点に立ってものを捉える能力や、他者の行動を観察することで学習する能力など、仲間同士の間で複雑な行動をしていることが明らかにされてきている。しかし、その基礎となる他個体認識のメカニズムは不明だった。

人は、例えば友人を認識するとき、特定の人の声や姿などの情報を統合して「○○さん」という認識をしている。それゆえ、姿から声、声から姿を予測することが可能だ。これは、話しかけた友人が、(風邪などで)いつもと違う声だと、敏感にそれに気づくことからもわかる。

研究グループでは、実験的にこのような場面を設定し、ハシブトガラス(以下、カラス)が仲間の姿から声を予測しているのかを調査した。網越しに2羽のカラスを静かに対面させた後、カーテンで仕切り、直後に1羽を取り除くと同時に、カーテン越しに「隣の部屋にいた個体」あるいは「隣の部屋にいなかった個体」のコンタクトコール(固体間の音声コミュニケーションに用いられる鳴き声の1種)を再生する2つの条件を設け、残った1羽の反応を調べるという内容だ。

画像1。鳴き声再生後にカラスが隣の部屋を覗こうとしている様子。隣の部屋にいるはずのない個体の声が再生されると、カラスはこのような反応を示すが、隣の部屋にいる個体の声が再生されてもこのような反応は見られない。なお、カーテンが閉じた後は、隙間から隣の部屋を見ることはできず、見えそうで見えないようになっている

カラスが隣にいた個体の姿と鳴き声を結びつけて認識しているなら、隣にいる個体の声がしても驚かないが、隣にいるはずのない個体の声が聞こえると敏感に反応するはずという予測が立てられた。

そこで、隣の部屋が見えない程度にカーテンと壁との間に小さな隙間を空けておき、鳴き声の再生後、カラスが隣の部屋を覗こうとする行動(画像1)を上記2条件間で比較。すると、「隣にいるはずのない個体」の鳴き声を再生すると、「すぐに」「長い時間」隣の部屋を覗いたが、「隣にいる個体」の声を再生しても反応は見られなかったという結果となった。

これは、カラスが隣にいた個体の鳴き声を予測している、つまり他個体の姿と声を結びつけていることを意味するものであるという。なお、興味深いことに、このような反応は、実験前に一度も出会ったことのない個体間では見られなかったという。

これらの結果は、カラスが仲間の姿と声を結びつけて認識していることを示し、またそのような個体認識は、他個体との関わり合いを通じて学習により成立することを示したものといえよう。近年の研究によって、これまで烏合の衆と称されてきたカラスの群れは、極めて流動的かつ重層的な、いわば、規模や構成員の出入りの盛んな社会である可能性が少しずつ垣間見えてきた。

今回の研究による発見は、そのようなカラスの複雑な社会が、互いを"個体"として認識することで維持構築されている可能性を示し、今後の社会生態の解明につながるものと、研究グループでは考えている。

さらに、鳥類は視覚、聴覚ともに優れていることが知られていたが、今回の研究は、それらの異なる感覚が統合され「他者」という概念を形成していることを鳥類で初めて示した形であり、この結果は哺乳類とは異なる構造を持つ鳥類の脳において、どのように異なる感覚が統合されているのかを明らかにする突破口ともなり、社会生態だけでなく脳とその情報処理の進化の理解に貢献することが期待されると研究グループでは説明している。