北海道大学(北大)と科学技術振興機構(JST)は1月10日、氷の新しい融け方として、2種類の「表面液体相」が生成されることを発見したと共同で発表した。表面液体相はこれまで1種類と思われていたことから、従来の描像を根底から覆す発見だ。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版において、米国東部時間2012年1月9日に公開された。

氷は地球上で極めて大量に存在し、その相転移(成長や融解・昇華)は地球の寒冷圏で起こるさまざまな自然現象を支配している。氷結晶の表面は、実は融点(0℃)以下の温度でも融解しており、結果として生成されるのが表面液体相だ。

表面液体相は、スケートの滑りやすさや復氷、霜柱による凍上、氷結晶粒の再結晶化や粗大化、雪結晶の形の変化、食品や臓器の低温保存、雷雲での電気の発生など、幅広い現象のカギを握ると考えられている。そのため、これらの現象の秘密を解き明かすためには、表面液体相の正体を分子レベルで解明する必要があるというわけだ。

ただし、融点以下での氷の融解による表面液体相の生成は、電磁気学の祖であるマイケル・ファラデーによって1850年代に初めて提唱されたものの、これまで誰も直接可視化することができていなかったのである。

そこで今回、北大がオリンパスと共同で開発したのが、氷結晶表面の水1分子の高さ(0.37nm)の段差を直接可視化できる光学顕微鏡「レーザー共焦点微分干渉顕微鏡」だ(画像1)。同顕微鏡は、ノイズ光を除去し、観察像を鮮明にする特徴を持つ「レーザー共焦点顕微鏡」と、分子の高さレベルの段差に明暗のコントラストを与える機能を持つ「微分干渉顕微鏡」の方式を組み合わせ、さらにさまざまな改良を加えて開発された。

画像1。透明な固体表面上の原子・分子高さの段差を可視化できるレーザー共焦点微分干渉顕微鏡

そして、水蒸気中で成長させた氷結晶(雪結晶)の表面を観察した結果、氷結晶の六角底面上で、あたかも水と油の様に互いに混じり合わない2種類の表面液体相が生成したのを発見したというわけだ。

これにより-1.5℃より低い温度では氷結晶の表面は氷が成長していくが(画像2・3段目)、-1.5~-0.4℃よりも高い温度ではバルク状の液滴(α相:画像2の白三角)が生成され、そして-1.0~-0.1℃よりも高い温度では薄い液状の層(β相:画像2の赤三角)が生成することが判明した。

画像2。氷結晶の六角底面上で生成する2種類の表面液体相。図の左側は光学顕微鏡写真で、右側は模式図だ。1段目は-1.0~-0.1℃、2段目は-1.5~-0.4℃、3段目は-1.5℃以下での氷の成長。β相とα相の発生温度は実験のたびに若干のズレを示したが、同じ実験中では常にβ相はα相よりも高温で発生した。2種類の表面液体相は、ダイナミックに氷結晶表面上を動き回り、合体を繰り返すのが確認されている。黒三角は氷結晶表面上の水1分子高さの分子層(単位ステップ)を示す

これらの形状の違いは、2つの表面液体相の物理的・化学的性質が大きく異なることを示している。2種類の表面液体相は、氷の結晶表面上を動き回り、合体を繰り返すという特性を持つ。

これまでは、表面液体相は1種類しか存在せず、氷の全表面から一様に生成すると考えられてきた。しかし今回の研究により、2種類の表面液体相が存在し、それらは氷の表面上で極めて不均一かつダイナミックな振る舞いをすることがわかったのである。

水と油は性質がまったく異なる分子よりできているため互いに混ざり合うことはない。しかし、同じ水分子からできている2種類の表面液体相が互いに混ざり合わず、あたかも水面上に雨粒が乗ったような振る舞いを示すことは(画像2)、基礎科学の観点から極めて興味深い現象だと研究グループではコメントしている。

なお、融点以下の温度で氷結晶表面が融解して現れる液体相は、通常は「疑似液体層」と呼ばれる。しかし、今回の研究では単なる「層」ではなく、相転移(成長や融解・昇華)の結果生じる「相」であることを強調するため、「表面液体相」と呼ぶことにしたという。表面液体相は、氷以外でも、金属や半導体、有機物など幅広い材料の結晶表面で生成することが知られている。