京都大学(京大)物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の廣理英基 助教と田中耕一郎 教授の研究グループは、ごくわずかな時間にエネルギーが圧縮されたフェムト秒レーザーとニオブ酸リチウムの結晶を用いて電磁強度1MV/cmのテラヘルツ光を発生させることに成功した。また、同テラヘルツ光を半導体に1兆分の1秒照射することで、半導体の中の電気伝導を担う自由電子の数を約1000倍増幅することに成功したことを発表した。同成果は英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。なお、同実験で用いた半導体試料は広島大学との共同研究により作製したものとなっている。

半導体中のキャリア(自由に動ける電荷)の数を増大させること(キャリア増幅)は、半導体デバイスによる微小信号の増幅や信号のスイッチなどを行うために必要な基本動作であり、その1つに衝突イオン化を用いた「アバランシェ増倍」がある。衝突イオン化は、物質中に印加された電場によって電子が高いエネルギー状態に加速され、他の原子と衝突することによって新たな自由キャリア電子を生成する現象のことで、ここで弾き出された電子も電場によって再び加速され、他の原子に衝突してさらに電子を弾き出し、この連鎖によって爆発的に自由キャリアの数を増幅することができる。このような現象は半導体においてキャリアの「アバランシェ増倍」と呼ばれ、陽電子放出断層撮影や量子情報技術に重要な高感度光子検出器、また太陽電池の増感過程や、高効率な電気発光素子においても重大な役割を果たすと期待され、さまざまなナノスケールの半導体材料に対する研究が各所にて行われている。しかし、テラヘルツ領域で動作する超高速半導体デバイスを考える際に必要な1兆分の1秒以下での増幅については、技術的な困難さから、これまでは不可能であったほか、超高速デバイスに必要なナノスケールの微細加工については、金属電極と半導体との接合部に生じるショットキーバリアが試料固有の電場印加効果の理解を複雑にし、またしばしば起こりうる絶縁破壊による試料の損傷が測定そのものを困難にしていた。

今回の研究により、電場振幅として最大約1MV/cmを有し、また時間的には約半分の周期(約1兆分の1秒間)だけ持続する電磁波パルスを自由空間内に発生させることで、試料内に実際の半導体デバイスを駆動するのに必要とされるものと同程度の電場を自由自在に試料に照射することができるようになった。

実際に、この電磁波パルスを半導体試料(GaAs/AlGaAs多重量子井戸)に照射することで多段的な衝突イオン化を誘起し、1兆分の1秒の間に初期キャリアの約1000倍となる巨大なキャリア増幅に伴う、試料からの発光の観測に成功し、従来金属電極を必要としたキャリア増幅現象を純光学的な手法によって観測することを可能とした。

実際に実験に用いた電磁波パルスの時間波形を見ると、同電磁波パルスは、超短光パルスレーザを誘電体結晶に照射することで発生できるテラヘルツパルスと呼ばれるもので、その周期はテラヘルツ周波数(1012ヘルツ)の逆数である10-12秒(1兆分の1秒)に対応する。またテラヘルツパルスの最大電場値は1MV/cmとなり、こうした高電場を有するTHzパルスを用いることで、試料内に実際の半導体デバイスを駆動するのに必要とされるものと同程度の電場を生じさせることができるようになった。

図1 1MV/cm強のピーク電場を持つTHzパルスの時間波形。挿入図はTHzパルスのスポット画像

以下の図2は、左図に1MV/cmの電場振幅を持つTHzパルスを試料(GaAs多重量子井戸)に照射して得られた発光スペクトルと、右図に発光ピーク強度のTHzパルス励起強度依存性を示したものだが、THzパルスで発生させた発光スペクトルと、可視光パルス励起(3.18eV:黒丸)によって観測された発光スペクトの形状が一致する。一般的には半導体からの発光を観測するためには、試料のバンドギャップエネルギーよりも大きな光子エネルギーを持つ光照射によって、価電子帯にある電子をバンドギャップエネルギー以上の電子状態に励起する必要があるが、今回の実験で用いられたTHzパルスの持つ光子エネルギーは約4meVで、バンドギャップエネルギー(1.55eV)の390分の1という小さな光子エネルギーに相当する。このことから、極端に小さな光子エネルギーで電子をバンドギャップエネルギー以上の電子状態に遷移させたことを意味し、試料内で顕著な非線形現象が誘起されていることが示唆された。

図2 (左図)1MV/cmの電場振幅を持つTHzパルスを試料(GaAs多重量子井戸)に照射して得られた発光スペクトル。(右図)発光ピーク強度のTHzパルス励起強度依存性

これらの現象が起きるメカニズムとして、THzパルス照射によって試料内で衝突イオン化過程が誘起されている可能性が高いと考えられるという。強電場によってバンド内で加速された電子がバンド間エネルギーよりも高い運動エネルギーを持つとき、価電子帯の電子を伝導帯に励起して電子と正孔を生成し、自身はエネルギーを失い低いエネルギー状態へと遷移するが、この過程ではキャリア数を増大させることができる。このため今回、この衝突イオン化過程が1兆分の1秒という超短時間の間に多段的に引き起こされることで、初期キャリア数が約1000倍増大されたと考えられ、またこのモデルを基にした理論的な計算結果ともよい一致を示すことが判明したという。

図3 半導体GaAsのバンド構造における衝突イオン化過程とこれによるキャリア増幅過程の模式図

なお、研究グループでは、このような現象の応用として、ピコ秒もしくはテラビット(1012ビット)の光信号に対して応答する超高速動作の光検出器やそれを制御する超高速トランジスタの開発につながることが期待されるとするほか、キャリア増幅が高速高倍率であることから、高効率な太陽電池・発光素子などの開発にも、新たな指針を与えるものと期待されるとしている。