大阪大学(阪大)、横浜市立大学、理化学研究所(理研)、東京工業大学(東工大)、キリンホールディングス、サントリービジネスエキスパート、神戸大学の7者は、ブドウ果実の表面につく白い粉「ブルーム」の主要成分で、虫歯菌の増殖抑制、アンチエイジングなどの生理活性を持つ機能性成分として近年注目されている「オレアノール酸」生合成のカギとなる酵素遺伝子を明らかにし、同遺伝子を導入した組み換え酵母でオレアノール酸を合成することに成功したと共同で発表した。同成果は阪大大学院工学研究科の村中俊哉教授らによるもので、日本植物生理学会が発行する国際学術誌「Plant and Cell Physiology」に近日掲載の予定。

ブルームと呼ばれるブドウ果実表面に見られる白い粉(画像1)は、しばしば農薬やカビと勘違いされることがあるが、実はブドウ自身が作り出す物質だ。病原菌に感染するのを予防し、同時に鮮度を保つ働きがあるワックス的な成分である。

画像1。ブドウ果皮を包む白い粉がブルームだ

ブルームの主成分は、28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン化合物の代表で、「ウルソール酸」、「ベツリン酸」と並んで植物における「三大機能性トリテルペン」とも呼ばれる「オレアノール酸」だ。三大機能性トリテルペンは、抗ガン作用、抗炎症作用、抗酸化作用、抗高脂血症効果などの生理活性を有するのが特徴。さらに特許文献としては、これらの関連化合物として、アンチエイジング対応用の皮膚外用剤、ヒアルロニダーゼ阻害剤、メタボリックシンドロームを予防および改善する作用を持つ組成物、抗掻痒剤などが報告されている。

このように三大機能性トリテルペンの重要性が脚光を浴びる一方、このような化合物は、植物でしか生産されないため、天然物(植物の根や果皮)から抽出して利用するしかない。また、β-アミリンなどからの有機合成による変換も極めて困難なため、オレアノール酸などの28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン化合物を効率的に合成する手法が求められているのが現状である。

オレアノール酸は、多くの植物に共通に存在しているβ-アミリンが基本骨格となり、その28位の炭素に対する3段階酸化反応により生合成されると推測された。これらの反応ステップには、酸化酵素が関与すると考えられている。酸化テルペノイドを含む多様な植物二次代謝産物の生合成においては、「シトクロムP450モノオキシゲナーゼ」(P450)と呼ばれる、アミノ酸からなるタンパク質に加えてヘムを持ち、酸素分子をさまざまな分子に添加する働きを持つ一群の酸化酵素が関与することが確認済みだ。

研究チームはまず、マメ科植物タルウマゴヤシの「遺伝子共発現解析」(すでに機能が明らかとされている遺伝子に対する発現パターンの類似性を指標として、機能未同定の遺伝子の機能を推定する解析手法)ツールを用いて、オレアノール酸の基本骨格であるβ-アミリンを合成する酵素(β-アミリン合成酵素)の遺伝子と類似した発現パターンを示すP450として、「CYP716A12」を見出した。

続いて、CYP716A12の機能を解明するため、「バキュロウイルス/昆虫細胞系」(昆虫細胞に感染する2本鎖DNAウイルスを感染させた昆虫細胞内で組み換えタンパク質の合成を行う手法)を用いてタンパク質を発現させ、CYP716A12を含む「ミクロソーム画分」(細胞をホモジナイズした後に遠心分離して得られる、小胞体、細胞膜、ゴルジ体膜などを含む画分)を用いた試験管内での酵素反応実験を実施した。その結果、CYP716A12が、β-アミリンの28位の3段階の酸化反応を触媒し、オレアノール酸に変換する活性を持つことが判明したのである(画像2)。

画像2。オレアノール酸、ウルソール酸、ベツリン酸生合成経路。β-アミリンの合成酵素(bAS)、α-アミリン合成酵素(aAS)、ルペオール合成酵素(LUS)が触媒する反応をそれぞれ緑、青、オレンジ色の矢印で示している。紫色の矢印は、CYP716Aサブファミリータンパク質が触媒する酸化反応のステップ

研究チームは次に、ミヤコグサから単離していたβ-アミリン合成酵素遺伝子を導入してβ-アミリンを生産するように改変した組み換え酵母(参考文献)に、さらにCYP716A12遺伝子を導入した結果、この酵母は、オレアノール酸を生産することが確認された。同様に、ブドウから単離したCYP716Aサブファミリー遺伝子(CYP716A15とCYP716A17)を導入した酵母も、CYP716A12と同じくオレアノール酸を生産したのである(画像3)。

画像3。組み換え酵母におけるオレアノール酸生合成経路再構築の概略図。βアミリン合成酵素(緑色の矢印)、CYP716A15(紫色の矢印)をそれぞれコードする遺伝子を酵母に導入することで、酵母内在のステロール合成経路の中間物質である2,3-オキシドスクアレンから分岐するオレアノール酸生合成経路が再構築された

さらに、β-アミリン合成酵素遺伝子の替わりに、α-アミリン合成酵素(aAS)遺伝子とCYP716Aサブファミリー遺伝子(P450タンパク質は、アミノ酸配列が40%以上一致すると同一ファミリーに、55%以上一致すれば同一サブファミリーに分類されるのが原則)を導入した酵母ではα-アミリンの28位カルボン酸であるウルソール酸を生産すること、また、ルペオール合成酵素(LUS)遺伝子とCYP716Aサブファミリー遺伝子を導入した酵母はルペオールの28位カルボン酸であるベツリン酸を生産することを確認された(画像2)。

これにより、オレアノール酸、ウルソール酸およびベツリン酸生合成に関わる酸化酵素を特定することに成功し、28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン化合物のバイオテクノロジー生産への道筋を示したというわけである。

オレアノール酸などのトリテルペンは今後、化粧料・機能性食品素材や医薬品等の原材料として期待されている物質だ。しかし、植物体中ではさまざまなトリテルペンが混在しており、個々の含有量が低く純粋なものとして精製するには大幅なコストがかかってしまうのが問題である。そのため、今後は組み換え酵母における生産性の向上を進めることにより、発酵工業的手法によるオレアノール酸など、トリテルペンの生産への応用が期待されると研究チームはコメントしている。