物質・材料研究機構(NIMS)は、無数のナノ細孔(メソポーラス)を紺青とも呼ばれる人工青色顔料「プルシアンブルー」の結晶構造体中に形成させることに成功したことを発表した。同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の山内悠輔 独立研究者、Hu Ming博士研究員らによるもので、独化学会発行の「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に12月19日に掲載される予定。

プルシアンブルーは、ゼオライトなどの天然鉱物とならび高いセシウム吸着能を有しており、これまでも、プルシアンブルーの吸着能向上のために、微細化・メソポーラス化することで表面積を大きくすることが試みられてきた。しかし、従来のメソポーラス材料の合成法では、微細化することによってプルシアンブルーの結晶性が低下し、期待するほどの表面積の向上ができず、結晶性を維持しつつプルシアンブルーの表面積を向上し、吸着性能を最大限に発揮するための新しい合成法の開発が求められていた。

同研究チームでは、エッチングを使った新たな合成法として、まず、サイズの均一なキューブ状のプルシアンブルーのナノ粒子(190nm)を調整した後、水溶液中に分散させ、水溶性ポリマーであるポリビニルピロリドンを適量溶解させた。その後、酸を適量溶液中に加え、エッチング処理を行うという手法を考案した。ポリビニルピロリドン分子は、プルシアンブルーのナノ粒子の表面に選択的に吸着するため、ナノ粒子表面は酸性溶液に触れないのでエッチングされない。また、キューブ状のプルシアンブルー粒子中には、1nm以下の超微細細孔が存在しており、そこから粒子内部へと溶液が進入し、粒子中心部から自発的にエッチングが始まり、その後、水などで洗浄することで生成物が得られるというものとなっている。

今回開発されたエッチングを利用した新しいナノポーラス材料の合成法

得られたメソポーラス・プルシアンブルーは、エッチング前後で粒子サイズは変化しなかったが、電子顕微鏡観察では、エッチング後の生成物において、無数のナノ細孔が粒子中にあいていることが確認された。さらに、粒子中央部には大きな細孔が形成していることも確認された。ポリビニルピロリドン分子は、プルシアンブルーのナノ粒子の表面に選択的に吸着するため、ナノ粒子表面は酸性溶液に触れないのでエッチングされず、粒子内部からエッチングが始まるため、中空状になると考えられると研究チームでは説明している。

また、表面積は、1gあたり330m2以上の高い値を達成しており、これまでに報告されているすべてのプルシアンブルーの中で最も大きい表面積を達成した(市販のプルシアンブルー粒子と比較した場合では10倍以上の表面積)とするほか、エッチング後において、電子線回折はプルシアンブルーの結晶に由来するスポットが確認でき、粒子1つは単結晶状態であることも確認されており、高い結晶性を維持しつつ、ナノ細孔をあけることに成功、それに伴う表面積の向上を実現した。

エッチング前後の形態・微細構造観察

メソポーラスのメソは、ミクロとマクロの中間を意味し、多孔体の分野においては、マクロ多孔体(多孔質ガラスなど)とミクロ多孔体(ゼオライトなど)との中間に位置している。従来の多孔質材料とは異なり、有機分子集合体を利用して合成されたメソポーラス物質は、メソ領域(2~50nm)に狭い細孔径分布を持つため、新材料として活発な研究が行われており、そうしたメソポーラス物質合成の基本コンセプトは、有機分子集合構造を鋳型として、無機種との無機有機メソ構造体の合成を行い、その後の鋳型除去によりメソ孔を生成するというものとなっている。

一般的なメソポーラス材料の合成法

実際に作成されたメソポーラス・プルシアンブルーに対するセシウム(Cs)吸着挙動を直接モニタリングするために、水晶発振子マイクロバランス(Quarts Crystal Microbalance)測定法を用いてCs吸着実験を行ったところ(QCM水晶センサは、水晶振動子の電極表面に物質が付着するとその質量に応じて共振周波数が下がる性質があるため、極微量な質量変化を計測することができる)、市販のバルクのプルシアンブルーと比較して、メソポーラス・プルシアンブルーは、その8倍以上のCsを瞬時に吸着することができたという。同実験は、淡水中での実験だが、プルシアンブルーは、海水のようにナトリウムイオンやカリウムイオンなど、類似のイオンが存在している環境でも、セシウムイオンを選択的に吸着する能力を持つことが知られており、淡水中の実験結果と同様の効果が、海水中でも期待できると考えられると研究チームでは説明している。

QCMによるCsの吸着挙動のモニタリング

現在、メソポーラス材料に関する研究は、合成はもとより構造評価から触媒・吸着剤・光学材料をはじめ、さまざまな応用まで多岐にわたり展開されているが、メソポーラス研究の最大の課題は、細孔壁の結晶性を上げることにあるという。細孔は曲率の高い構造なので、それらの細孔を維持したまま、骨格の結晶性を上げるということは、これまで難しく、結晶性を上げれば、細孔構造は壊れ、表面積は低下するという問題点があった。今回開発したプロセスは、エッチングを使用する新しい合成法であり、これらの課題を一挙に解決することができるものであり、すでに研究チームでは、プルシアンブルーを金属置換によるセシウム吸着能力向上を目指し、同手法のCo-FeやMn-Feプルシアンブルー類似体への適用を試みているという。なお、今後は、これらの材料の吸着材としての試験を進めると共に、量産化に対応できるようにプロセスをより簡単にすることで、実用化にも近付くことが期待されるという。

(a/b)今回のエッチング処理を適用して合成したCo-Feプルシアンブルー類似体。(c/d)今回のエッチング処理を適用して合成したMn-Feプルシアンブルー類似体