東北大学は、メラニン合成酵素の輸送に必須の因子である「Varp」(VPS9-ankyrin-repeat protein)分子に「メラノサイトの樹状突起形成を促進」する新たな作用があることを明らかにしたと発表した。発見は東北大学大学院生命科学研究科の大林典彦助教、福田光則教授らの研究グループによるもので、成果は米科学雑誌「Molecular Biology of the Cell」電子版に間もなく掲載される予定。

ヒトの肌や髪の毛に含まれるメラニン色素は、有害な紫外線から体を守るために重要な役割を果たしているが、一方ではしみやそばかすの原因ともなっている。メラニン色素は、皮膚の「基底層」に存在する特殊な細胞「メラノサイト」でのみ産生。そして、小胞の1種である「メラノソーム」に貯蔵されている。成熟したメラノソームはメラノサイトの細胞内を輸送され、細胞体から樹木の枝のように分岐した複数の突起である「樹状突起」の先端から隣接する皮膚を作る細胞・ケラチノサイトに受け渡されて(転移)、肌の暗色化、つまり日焼けが起こる仕組みだ(画像1)。

画像1。メラノサイトの樹状突起形成とケラチノサイトへのメラノソームの受け渡し。メラニン色素を合成するメラノサイトは皮膚の基底層に存在する。メラノサイトで合成されたメラニン色素はメラノソームに貯蔵され、メラノサイトの樹状突起の先端から隣接するケラチノサイトに受け渡される形だ(転移)。メラノソームを受け取ったケラチノサイトはやがて角質化し、肌の暗色化が発生(左図)。メラノサイトの樹状突起が形成されないと、ケラチノサイトへのメラノソームの転移が効率よく行われず、結果的に肌に沈着するメラニン色素の量が減少するものと考えられている(右図)

つまり、メラニン色素をケラチノサイトに受け渡し、正しく沈着させるためには、メラノサイトの樹状突起形成のプロセスが重要となる。しかし、これまでメラノサイトの樹状突起形成の仕組みは十分に解明されていなかった。

今回の研究では、培養メラノサイト(マウスmelan-a細胞)の樹状突起形成に関与する候補分子として、以前、研究グループがメラニン合成酵素の輸送に関わる分子として同定したVarpに着目。まず、メラノサイトに内在性のVarp分子の発現を細胞レベルで特異的にノックダウンすることにより、樹状突起の形成に対する影響を検討した。

Varpは、分子内に「VPS9ドメイン」と呼ばれる低分子量Gタンパク質「Rab」の活性化ドメイン「グアニンヌクレオチド交換因子」と「アンキリンリピートドメイン」(さまざまなタンパク質で見られる、33アミノ酸の繰り返し配列で、分子間・分子内の相互作用によって機能制御を行うとされる)を2個持つタンパク質だ。

なおRabとは、メラノソームなどの小胞の輸送を適切に行うために必要不可欠な交通整理人(制御タンパク質)の1つで、酵母からヒトまで普遍的に存在している低分子量Gタンパク質のことだ。RabはGTPというヌクレオチドを結合した活性化型とGDPを結合した不活性化型の2つの状態をとり、活性化型のGTP-Rab(例えばGTP-Rab38)がエフェクターと呼ばれる特異的なタンパク質(Varp ANKR1)と結合することにより小胞(メラニン合成酵素)を輸送する。不活性化型のGDP-RabをGTP-Rabに変換し、活性化を行う酵素をグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)と呼び、VarpのVPS9ドメインはRab21の活性化を行う。

次に、Varp分子内に存在する2種類の「Rabシグナリングドメイン」のVPS9ドメインおよびメラニン合成酵素の輸送に関与するRab38エフェクタードメイン「ANKR1ドメイン」の樹状突起形成への関与を明らかにするため、各ドメインの機能のみを欠損させた変異体(VPS9変異体およびANKR1変異体)を作成。それらの役割を「ノックダウン-レスキューアプローチ」により評価した。

なお、ノックダウン-レスキューアプローチとは、20塩基程度の2本鎖RNAを細胞内に発現させると、その配列と相補的なRNAのみが特異的に分解され、その結果、目的のタンパク質の発現を特異的に抑制することができる「RNA干渉法」を用いる手法だ。これを用いてメラノサイトに内在性のVarp分子をノックダウンするだけでなく、人為的な塩基の変異を施しRNA干渉に抵抗性のVarp分子をメラノサイトに戻すことにより、得られた表現型(樹状突起の形成不全)をレスキュー(回復)することが可能となる。

ノックダウン-レスキューアプローチで判明したのは、以下の3点だ。

1. Varp分子を欠損するメラノサイトでは、樹状突起の形成が顕著に阻害されることから(画像2A・右)、Varpはメラノサイトの樹状突起形成に必須の因子と考えられる。

画像2。Varp欠損細胞における樹状突起形成不全。マウス培養メラノサイトをフォルスコリン(細胞内cAMP濃度を上昇させる薬剤)で刺激すると、複数の樹状突起を形成するが(A・左図)、Varpを欠損するメラノサイトでは樹状突起の形成が顕著に阻害されている(A右およびB)。スケールバーは20μm

2. Varp分子を欠損(ノックダウン)するメラノサイトに野生型のVarp分子を再び戻してやると、樹状突起の形成がレスキューしたが(画像3中央左)、VPS9ドメインのRab21活性化作用を欠損させたVPS9変異体では樹状突起の形成は回復しなかった(画像3中央右)。

3. 一方、Rab38の結合能を欠損するANKR1変異体では、メラニン合成酵素がメラノソーム上から消失しているにも関わらず、樹状突起の形成が促進された(画像3右)。

画像3。樹状突起形成におけるVarpのRab21活性化(VPS9)ドメインの役割。Varpを欠損する細胞に野生型のVarpを戻すと樹状突起の形成が回復するが(上段、中央左)、Rab21活性化能を欠損したVPS9変異体(D310A)では樹状突起の形成は起こらない(上段、中央右)。一方、Rab38の結合能を欠損したANKR1変異体(Q509A/Y550A)では、樹状突起の形成が回復する(上段、右)。なお、ANKR1変異体の発現により樹状突起の形成は回復するが、Rab38結合能を欠損するため、メラニン合成酵素の輸送は正しく行われず、細胞内からメラニン合成酵素のシグナルが顕著に減少してしまう(下段、右:Varp欠損細胞を白線で示す)。スケールバーは20μm

以上の結果から、Varpは分子内に存在する2つのRabシグナリングドメインの機能を使い分けることにより、「メラニン合成酵素の輸送」と「樹状突起の形成」という2つの異なる輸送プロセスを制御する多機能分子であることが明らかとなった次第だ(画像4)。

画像4。Varpによる樹状突起形成とメラニン合成酵素輸送の制御。Varp分子にはRab21を活性化するVPS9ドメインとRab38を結合するANKR1ドメインが存在し、前者の機能を用いて樹状突起の形成を促進し、後者の機能を用いてメラニン合成酵素の輸送を促進する。このようにVarpは2つの異なる輸送プロセスを連携させることにより、効率的な肌の暗色化に貢献するものと推察された

Varpのように分子内に複数のRabシグナリングドメインを持つ分子はほかにも報告されているが、これまでに報告された分子はいずれも異なるRabシグナリングドメインが協調して1つの輸送経路を制御するものである。今回のVarpによる2つの異なる輸送経路の制御に関する研究成果は、Rabによる小胞輸送制御を理解する上でも重要な発見だ。

紫外線を浴びるとヒトの体内ではメラニン合成酵素が活性化され、合成されたメラニン色素が皮膚に沈着し日焼け、しみ、そばかすが発生します。肌の美白維持に関しては、メラニン色素(メラノソーム)の合成、輸送、転移(あるいは樹状突起の形成)のいずれかのプロセスをターゲットにした薬の開発が行われているが、これまで複数のプロセスを対象にした研究は行われていない。

しかし今回の研究により、Varpを対象とすれば、メラニン合成酵素の輸送レベルとケラチノサイトへの転移のレベルを同時に制御することも可能という結果が出た。研究グループでは、今後、Varp分子の機能を阻害あるいは安定化するような薬の開発が進むことが期待されるとしている。