理化学研究所(理研)は、炭素の放射性同位体(炭素11:11C)で尿酸を標識し、生体内の尿酸の分布や濃度の変化を可視化することに、ラットを用いて世界で初めて成功したと発表した。研究は、理研分子イメージング科学研究センター分子プローブ動態応用研究チームの八塩桂司研究員と、日本ベーリンガーインゲルハイム薬物動態安全性研究部、金沢大学医薬保健研究域薬学系との共同研究によるもので、成果はオランダの科学雑誌「Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters」に掲載された。

生活習慣病は自覚症状のないまま進行するケースが多いため、早期の診断・治療が求められている。しかし、生活習慣病には多くの疾病が含まれており、症状のすべてを診断するのは非常に困難であることが問題だ。

そこで、多くの疾病に共通する生体内分子の変化を捉えることが、生活習慣病の検査の課題となっている。現在、生体内分子の検査は血中、尿中濃度の測定で行われているが、より迅速で正確な診断を可能にするためには、体内での分布の情報も併せて検査することが必要だ。

その生活習慣病に関わる生体内分子と考えられているのが尿酸だ。尿酸は、痛風や高血圧、腎臓病、心臓病、脳卒中など多くの生活習慣病に関わっている。体内で不要になった核酸(プリン体)や食物に含まれるプリン体が生体内で分解してできたのが尿酸で、抗酸化作用を示すことから、細胞の老化防止に効果があるとされている。

しかし、血中濃度が高くなると高尿酸血症となり、関節で結晶化すると痛風の引き金となってしまう。痛風は多くの場合、痛みが起きるまで自覚できない。また痛風の正確な診断では、関節液や関節組織を採取する必要があり、患者に大きな苦痛を与えてしまうのも大きな問題だ。そこで、体内の尿酸分布や濃度を患者に負担をかけずに正確に知る手法を開発することが、痛風の早期診断に求められているのである。

高感度、高分解能で生体内分子を検出する手段として、放射線が体を透過する性質を利用した陽電子放射断層画像撮影法(PET:Positron Emission Tomography)がある。PETは、半減期の短い放射性同位体を使用することにより、小動物からヒトまで含めた生体での分子の動態を、体を傷つけずに高精度かつ定量的に画像化できる唯一の手法だ。そこで、今回研究グループは、尿酸をPETプローブとして用い、ラット体内での尿酸分布の可視化や、疾病状態と通常時との尿酸濃度の比較を実施した。

研究グループは、尿酸に炭素の放射性同位体である11Cを組み込んだ新しいPETプローブ[11C]尿酸を合成。尿酸などの有機化合物はその構造中に必ず炭素原子を持つので、その1つの炭素原子を11Cとすることで本来の分子構造を変えることなくPETプローブ化できるという仕組みだ。

また11Cは半減期が20分と極めて短く、臨床応用での被曝量を最低限に抑えることも可能である。今回の研究では、反応性に優れた標識化剤である[11C]ホスゲンを用いて尿酸のウレア部位の炭素を標識する[11C]尿酸の合成法を確立した(画像1)。なお、ホスゲンと聞くと毒ガスのイメージもあるが、農薬やポリウレタンなどの原料として使用されている化学物質で、「二塩化カルボニル」の別名を持つ。

画像1。[11C]尿酸の合成法。「5,6-ジアミノウラシル」を原料とし、「N,N'-ジメチルプロピレンウレア」溶液(DMPU)中、10当量の「ジイソプロピルエチルアミン」(DIPEA)存在下で[11C]ホスゲンを吹き込み、100℃で2分間加熱をすることで[11C]尿酸を合成

合成した[11C]尿酸を正常ラットに静脈注射し、PET解析を行った結果、生体内での尿酸の分布に従って腎臓から尿中に排泄される経過を可視化することに成功。また、高尿酸血症誘発モデルラットにも[11C]尿酸を静脈注射しPET解析を行った結果、[11C]尿酸の関節部分への集積は、正常ラットに比べて2.6倍多いことが判明した(図2)。

画像2。[11C]尿酸を投与後、65~70分後のラットのPET画像。PETプローブ[11C]尿酸を正常ラットと高尿酸血症誘発モデルラットそれぞれに投与し、尿酸の集積を比較した。PET画像の色の濃淡は物質の濃度を示し、赤いほど濃度が高い。正常ラットと比べ、高尿酸血症モデルラットでは四肢関節部に尿酸の集積が多くなることが分かった

これらの結果から、[11C]尿酸は生体内の尿酸の分布状況を画像化するPETプローブとして有用であり、尿酸が蓄積して発症する痛風などのイメージング診断薬として活用する可能性が見出された次第だ。

今回得られた結果をヒトでのPET診断に応用すると、尿酸と関連性の高い多くの生活習慣病について発症前に診断することが可能となる。[11C]尿酸は体内に存在する尿酸と化学構造上まったく同じ物質であり、また11Cを用いたPET検査は、すでにいくつかのPETプローブで臨床研究が試みられている状況だ。今後は、ラットやマカクサルなどでPET撮像条件の最適化を行い、臨床研究施設との連携によりヒトでの体内動態の解析を目指すとしている。