科学技術振興機構(JST)は、酸素がない海洋環境でメタンを分解する微生物酵素の立体構造が、X線結晶解析により明らかになったことを発表した。同機構のバックアップを受けた独マックスプランク陸生微生物学研究所に所属する嶋盛吾生化学グループリーダーらの研究グループによるもので、成果は英国時間11月27日に英科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開された。

メタンは、酸素がない条件でメタン生成微生物が持つ酵素「MCR」によって生産される。水田や牛の体内、あるいは汚水処理場などにはメタン生成微生物が棲み着いており、代表的なメタン生産環境だ。また、海洋にも大量のメタンがメタンハイドレート(メタンが水分子のカゴ構造の中に閉じ込められたもの)として埋蔵されており、将来のエネルギー源として期待されているのは多くの方がご存じのはずだ。

その一方でメタンにはネガティブな側面もあり、温室効果ガスとしてCO2の20倍以上もの効果を持つ。もし大量に大気中に放出されると、地球環境に及ぼす影響が大きいと考えられており、問題になりつつある。

そしてメタンは海底でも生成されているが、それを行っているのがメタン生成微生物だ。しかし、生産されるそばからそのほとんどがメタン分解微生物によって分解されるため、大気中に放出される量は幸いなことにわずかである(画像1)。もし海底にメタン分解微生物がいなかったら、大気中に放出されるメタンの強烈な温室効果により、地球の温暖化は劇的な勢いで進んでしまうはずだ。

画像1。地球環境におけるメタンの循環。光合成によって生産された有機物の一部は無酸素環境で分解され、メタンが生成される。無酸素環境からはメタンハイドレートと合わせて、1年間に15億トンものメタンが生成されているが、そのほとんどは微生物によって分解されてCO2になる。無酸素でのメタン分解反応として、硫酸イオン、鉄およびマンガンイオン、亜硝酸イオンの還元反応と共役した微生物反応が知られている

このメタン分解微生物による分解反応は、無酸素の自然環境でも起こることが1960年代からわかってはいた(画像1)。ただし、どのような酵素反応の組み合わせによって分解されているのかまでは判明しておらず、これまで「最初の反応はMCRが、通常促進するのとは逆の反応を促進することで進む」と信じられてた。要は、メタン生成の逆方向の反応でメタンが分解されているというわけだ。しかし、この逆反応が生体内で実際に起こっているとは考えにくく、また確かめるにしても、技術的困難があり、これまで確かめられていなかったのである。

通常、酵素を研究するには、生体内から混ざりもののない状態で大量に集めないとならない。それには、メタン分解微生物を培養して増やす必要があるが、このメタン分解微生物は増殖速度が非常に遅く、また培養条件の維持が難しいため研究室内では培養できないという問題点があった。

そうした中、2002年に黒海の海底で見つかったのが、煙突状の大きな微生物層だ(画像2)。そこに含まれる微生物がメタン分解を行っており、ドイツの共同研究グループが潜水艇で微生物層を採取。研究グループも、その一部を使って酵素を分析したのである。

画像2。黒海での試料採取。黒海の海底には無酸素条件でメタンを分解する微生物が煙突状の層をなしている。メタン分解酵素MCRを得るため、潜水艇でもぐり採取した

その結果、この微生物層にはその全タンパク質の10%近くに及ぶ大量のMCR様酵素が存在することが見出された。また遺伝子解析により、このMCR様酵素がメタン分解微生物由来のものであることも明らかとなったのである。

メタン分解微生物が、メタン生成酵素MCRとよく似た酵素(MCR様酵素)を大量に持っている事実は、前述の仮説を支持する証拠だ。しかし、この大量に存在していたMCR様酵素は、実はメタンとはまったく関係のない異なる反応を促進している可能性もある。そこで、酵素の促進する反応が実際は何なのかを調べる必要があったという次第だ。

酵素がどのような反応を促進しているかを調べるためには、酵素活性測定という手法がある。しかし、メタン分解微生物のMCR様酵素は、非常に不安定なためにその方法は使えない。そこで、酵素の結晶構造からその反応物質を明らかにすることを試みたのである。メタン生成酵素MCRの結晶構造中には常に反応物質が結合した状態で見られるからだ。

しかし、MCR様酵素は微生物群からのものであり、似たような多くの酵素の集合物である。現在の技術ではある程度以上精製することはできないのだ。しかし、研究グループは、そこであえてその混ざりものの酵素を結晶化に使うことにした(画像3)。

画像3。酵素の生成と結晶化。黒海の微生物層からの微生物体から酵素MCRの混合物を抽出精製し、結晶化した

数多くの条件を検討した結果、結晶が得られ、X線構造解析により高解像度で解析することができたのである。自然からの酵素を混ざりものから結晶化したことはこれまで前例がないが、見事に成し遂げたというわけだ。

こうして、その酵素に何かが結合しているのが観察できるようになり(画像4)、詳細なモデル化実験の結果、「補酵素M」と「補酵素B」と呼ばれる化合物であることが確認された(画像5)。

画像4。メタン分解酵素MCRの全体構造モデル。X線結晶構造解析によりメタン分解酵素MCRの構造モデルを作成した。触媒反応を行う活性中心に、メタン生成酵素MCRと同様、F430と呼ばれるニッケル化合物が認められた。そのすぐ近くに反応物が結合しているのが観察された

画像5。活性部位に結合した反応物。活性中心に結合した反応物は補酵素Mと補酵素Bであることが明らかになった。これらの補酵素はメタン生成酵素MCRでも使われている

この2つの化合物は、メタン生成酵素MCRでも反応物質として使われていることから、MCR様酵素は、メタン生成酵素MCRと同じ反応を逆向きに進めている(メタンを分解している)MCR分解酵素であることの強力な証拠となった。

それ以外にも興味深い構造が複数発見された。これまで、メタン生成とメタン分解の酵素MCRのアミノ酸配列が似ていることから、共通の祖先を持つ親類の酵素であることはわかっていた。しかし、今回の解析により、似た配列にも関わらずアミノ酸のいくつかにメタン生成酵素MCRには認められない構造が付加されていることが判明したのである。つまり、それぞれが存在する環境と機能に応じて異なる進化をしてきた結果、ということが判明したというわけだ。

今回の研究で、メタン分解酵素MCRがどのようにメタンを分解するか、その実体が明らかになったが、メタン分解代謝の全容を明らかにするには、そのほかのいくつもの酵素の仕組みも調べる必要がある。ただし、微生物によるメタン生成とメタン分解の仕組みを理解することは、持続可能な地球環境を考える上でメタン低減の方策を考えるために不可欠な情報だ。研究グループは、将来的には、微生物由来の酵素の機能を人工的に模倣したエネルギー生産技術につなげていきたいと考えているとしている。