京都大学(京大)は11月28日、欧州分子生物学研究所と米マウントサイナイ医科大学ともに、ほ乳類の生殖細胞を利己的な転移性遺伝子から保護するMIWIタンパク質の詳しいメカニズムを明らかにしたと発表した。再生医科学研究所准教授・物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)連携准教授の中馬新一郎氏らによる研究で、成果は英科学誌「Nature」に英国時間11月27日にオンライン速報版に掲載された。

ほ乳類のゲノムの内、内在性のタンパク質を塩基配列で表す遺伝子領域は1~2%程度であり、そのほかの領域の半分近く(40~50%)を転移性遺伝子であるトランスポゾンの繰り返し配列が占めている。

トランスポゾンにはゲノム上を転移するDNA型トランスポゾンとRNAを介して増幅、転移を行うRNA型レトロトランスポゾンの2種類があるが、特に後者が活性化するとゲノムのさまざまな部位に高い頻度で挿入が起こり、突然変異や染色体不安定性などを通じて細胞の性質が変化して多様な疾患の原因となってしまう。

レトロトランスポゾンは、ゲノム中に非常に多数存在する転移性の反復配列の1種であり、RNAに転写された後にDNAに逆転写されることでゲノムの別の部位への組み込みや増幅が行われるという特徴を持つ。ほ乳類ではLINE、SINE、LTRタイプ等のレトロトランスポゾンがそれぞれ数十万コピー以上存在することからゲノムサイズの大半を占め、生殖細胞での発現が特に高い。

結果、生殖細胞においてレトロトランスポゾンが増幅、転移すると本来の遺伝情報が変化して子孫に伝わってしまうことから、個体の重篤な発生異常や遺伝病が起こる危険性が高くなるという問題があるというわけだ。

そのため、ヒトを含めたほ乳類の生殖細胞には、レトロトランスポゾンから個体の発生や種を維持する仕組みが備えられていることがわかっていた。具体的には、レトロトランスポゾンを抑える分子メカニズムは、DNAメチル化などのエピジェネティクス制御による転写抑制と低分子RNAなどを介したRNA分解や翻訳抑制の経路が知られている。しかし、それらの詳細な分子メカニズムの多くはいまだに解明されていない。

なおエピジェネティクスとは、ゲノムDNAの塩基配列の変化を伴わずにDNAメチル化やヒストンタンパク質などの化学修飾の後生的変化により遺伝子情報発現、ゲノム構造等の制御が行われる現象のことをいう。

今回、研究グループでは、MIWIタンパク質のRNase活性部位(スライサードメイン)にアミノ酸置換型の点変異を導入した遺伝子改変マウスを作成し、雄性不妊の表現型解析、マイクロアレイ、次世代型超高速シークエンス、プロテオミクス実験等を組み合わせて調べることにした。それにより、MIWIタンパク質が精子細胞の分化とレトロトランスポゾン抑制、ゲノム恒常性に与える影響を明らかにしたのである。

また正常型、変異型のMIWIタンパク質およびpiRNA複合体を精製して詳細な生化学解析を実施。それにより、MIWIタンパク質がpiRNAを介して相補的なターゲットRNAを厳密に認識して切断する分子メカニズムも明らかとなったのである。

piRNAは、生殖細胞に特異的に発現する長さ25-30塩基程度の低分子1本鎖RNAだ。piRNA配列の大部分はレトロトランスポゾンRNAが分解されることで生成される。piRNAは、RNA代謝のほかに相同塩基配列の認識を通じてゲノムのエピジェネティクス修飾の制御にも関与するという特徴を持つ。

研究グループは、これまでにも京都大学物質-細胞統合システム拠点の中辻憲夫 拠点長(再生医科学研究所教授、幹細胞医学研究センター長)らのグループとともにtudorドメインタンパク質をコードするTdrd遺伝子ファミリなどによるpiRNA経路とレトロトランスポゾン制御の解析を進めており、今回の研究ではこれらTDRDタンパク質と結合する主要なPIWIタンパク質の1つ、MIWIタンパク質の具体的な分子機能を明らかにした。

これまでにMIWIタンパク質は、piRNAの生成に必要であることは確認されていたが、実際にMIWIタンパク質がどのような分子制御を通じてpiRNAの生成に機能し、ターゲットとなるトランスポゾンRNAを認識して分解するのか、なぜMIWIタンパク質が精子形成に必要なのか、また精子細胞でトランスポゾンの抑制が行われるか否かについてこれまで実験的な証明がなかったのである。

今回の研究では、前述したように遺伝子改変技術を用いてMIWIタンパク質に点変異を持つマウス系統を作成。その結果、Miwi遺伝子の点変異マウスでは同遺伝子を完全に欠損したMiwiノックアウトマウスと同じく、雄の半数体精子細胞の分化の途中で細胞死が起こり、機能的な精子はまったく形成されないことが判明した。

Miwi点変異マウス、Miwiノックアウトマウス、正常マウスを比較して詳細な解析を行った結果、Miwi点変異マウスとMiwiノックアウトマウスの半数体精子細胞ではレトロトランスポゾンLINE-1の発現が異常に増加しており、ゲノムに大規模なDNA損傷が起きる結果、アポトーシスによる細胞死が誘起されていたのである。

ほ乳類のほかのPIWIファミリタンパク質であるMILIとMIWI2は、精子形成過程のより初期の段階である精原細胞、精母細胞の時期のトランスポゾン活性を主にエピジェネティクス修飾(DNAメチル化)を介して抑制する仕組みだ。

さらに今回の研究では、MIWIタンパク質が、MILIおよびMIWI2タンパク質が雄生殖細胞の初期の段階で働いた後に、さらに精子細胞が成熟する際に生殖細胞のゲノムをRNA制御によってトランスポゾンから守るために重要な役割を果たすことも確認した。

要するに、生殖細胞の形成過程ではゲノムを利己的なトランスポゾンから守るために多段階の防御システムが働くこと、この内の1つでも破綻すると生殖細胞が死滅して不妊となることから、MIWIタンパク質を含めてゲノム保護システムの重要性と連携が明らかとなったのである。

また今後の展望としては、レトロトランスポゾンが白血病やがんなどの原因となるレトロウィルスとRNAを中間体とする機能が類似することから、今回の成果はレトロウィルスの活性を抑える新たな手法の研究開発に繋がる可能性があるとした。

さらに、トランスポゾンの転移活性を人為的にコントロールできるようになれば、ゲノムのさまざまな部位に挿入、変異のある一連のモデル動物を作出して病気との関係を調べることに役立つとする。

そして低分子RNAによる配列認識を介して特定のターゲットRNAの発現を制御する機構は一般にRNA干渉と呼ばれるが、今回明らかとなったMIWIタンパク質によるトランスポゾンRNA制御の分子機能は、RNA干渉のメカニズムについての新たな分子基盤として、基礎生物学またゲノム機能操作の技術発展にも貢献することも期待されるとした。

画像1。MIWIのRNA切断活性部位の点変異マウス(写真上)ではコントロールマウス(写真下)と比較して、精子細胞(RS)でレトロトランスポゾン(緑)の発現が異常に増加し、ゲノムDNA損傷(赤)が広範に観察される