京都大学などの研究グループは、強磁性を示す鉄酸化物、立方晶ペロブスカイト型BaFeO3(三酸化鉄バリウム)の合成に成功したことを発表した。同成果は、同大 林直顕 学際融合教育研究推進センター 次世代低炭素ナノデバイス創製ハブ拠点主任高度専門技術職員、および高野幹夫 物質-細胞統合システム拠点特定拠点教授、陰山洋 工学研究科教授と、東京大学、日本大学、物質・材料研究機構らによるもので、独化学誌「Angewandte Chemie, International Edition」に掲載された。

人類最古の磁石は、鉄酸化物の一種である磁鉄鉱(マグネタイト:Fe3O4)であり、以降、おびただしい種類の磁性鉄酸化物が合成され活用されてきた。物質の磁気的性質は、そこに含まれる金属原子やイオンが持つ磁化(スピン)の大きさと並び方により決定され、例えば鉄は、酸化物中では、複数の酸素イオンに囲い込まれた+3価あるいは+2価のイオンとして存在しており、隣り合う鉄イオンは、間にはさまる酸素イオンを介して(-Fe-O-Fe-)、磁気的な相互作用をするが、残念ながら、それはそれぞれのスピンを互いに逆に向けて打ち消し合う性質のものであり、これは反強磁性相互作用と呼ばれる。

この打ち消し合いが完全であれば、酸化鉄は磁性材料として利用できないが、何らかの原因(スピンの大きさのアンバランスや多い少ないのアンバランスなど)で打ち消し合いが不完全な場合があり、これまで利用されてきた酸化鉄磁石は、こうした相殺されずに生き残ったスピンを利用するものであった。

+3価であっても+2価であっても鉄イオンそれぞれが持つスピンは大きいものの、その大部分が打ち消し合ってしまうため、生き残ったスピンを全鉄イオンの個数で割った平均値は小さなものになってしまう。我々の利用する鉄酸化物は、こうしたもったいない状況にあるものばかりであり、もし、それらが互いに打ち消し合うことなく向きをそろえる状態(強磁性状態)になれば強力な磁石になる可能性がある。

(a)反強磁性磁気構造、(b)相殺されないスピンが残る磁気構造(フェリ磁性とも呼ばれる反強磁性の一種)、(c)強磁性磁気構造

今回の研究では、新しい鉄酸化物、立方晶型BaFeO3(Ba:バリウム。磁性にかかわる元素は鉄のみ)の初合成に成功し、0.3T程度の小さな磁場をかけるという手助けをしてやると、スピンの大きさの活きる「強磁性」状態になることを見いだした。

これは、BaFeO3は、鉄酸化物はすべて反強磁性というこれまでの常識を破る素材であると言えるほか、もう1つの大きな特長はそこに含まれる鉄イオンの価数が+4まで高くなっていることで(Ba2+Fe4+O2-3)、この価数の高さと磁性の特異さは深く関連しているという。

これまでも異常高原子価状態である+4価の鉄イオンを含む鉄酸化物は、少数ながら知られており、これらの合成には5万気圧程度の高い圧力の下で1000℃程度まで加熱するような極端な条件が必要とされていた。

しかし、同物資はこうした特殊環境下を用いることなく、同研究グループでは新たに開発したオゾン酸化法を含む2段階の合成経路により、1気圧下で合成に成功している。

今回開発された立方晶ペロプスカイト型BaFeO3の合成経路

+4価の高い状態にある鉄イオンは、周囲にある酸素イオンから電子を強く引き込む力を発揮するが、これが-Fe-O-Fe-相互作用を反強磁性から強磁性に逆転させる原因となっている。

なお、研究グループではBaFeO3は、キュリー温度(磁性を失う温度)が-162℃と低いため、今後の課題はキュリー温度を室温まで高めることであると、今後の方向性を示している。