情報通信研究機構(NICT)は、2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震発生の約7分後から数時間にかけて、高度300km付近の電離圏に、震源付近から波紋状に広がる大気波動を観測したことを発表した。同成果の詳細は、「地球電磁気・地球惑星圏学会 総会および講演会 (2011年SGEPSS秋学会)」にて発表されるほか、初期解析結果をまとめた論文が、英文科学誌「Earth, Planets and Space」誌に掲載された。

NICTは、イオノゾンデ網による電離圏定常観測に加え、京都大学・名古屋大学と共同して国土地理院のGPS受信機網(GEONET)を利用した電離圏全電子数(TEC)観測を行っており、この観測において、2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(M9.0)の約7分後から数時間にかけ、宇宙の入り口である高度300km付近の電離圏と呼ばれる希薄な大気中に、震源付近から波紋のように拡がる大気波動をとらえた。

地震後に高度300kmの電離圏まで大気波動が到達したことを示す現象の概要図。高さ20,000kmを周回するGPS衛星の信号を、地上のGPS受信機網(GEONET:約1,200観測点)で受信し、高さ300km付近の電離圏を観測する。今回、地震後に、震央付近の海面で励起された大気の波が、高さ300kmまで到達し、電離圏に波紋を作ったと考えられる

TEC観測では、震央(北緯38.322°東経142.369°。アメリカ地質調査所による)から、約170km南東にずれた場所(電離圏震央)を中心に、地震の約7分後から波が現れ始め、同心円状に広がっていくことが観測された。

GEONETを利用して算出されたTEC変動。TECは単位面積を持つ鉛直の仮想的な柱状領域内の電子の総数で、一般的に1TEC Unit(TECU)=1016/m2で表される。ここでは、10分以下の短周期変動のみを示している。色はTEC変動の振幅を示しており、赤は定常レベルから+0.2TECU、黒は-0.4TECU(この時刻の背景TECは20~30TECU)。赤星は震央、×印は電離圏震央を示しており、同心円の補助線は電離圏震央を中心としている

この電離圏震央は、海底津波計などで推定された津波の最初の隆起ポイントとほぼ一致しており、同心円状の波は、西日本では18時00分頃まで観測されていたという。

また、イオノゾンデを用いた電離圏電子密度の高度分布の観測では、地震直後の高度分布が通常の滑らかな分布とは異なって乱れており、20~30kmの鉛直波長を持つ波が高さ150~250kmの電離圏内を伝播していたことが判明した。

鹿児島・山川のイオノゾンデ観測から得られた地震の約43分後(左図)と前日同時刻(右図)のイオノグラム。イオノグラムの横軸は周波数(1~15MHz)、縦軸は見かけの高さ(0~600km)で、電離圏に打ち上げた電波の反射(エコー)の様子を示している。通常の電離圏エコー(右図)と異なり、見かけの高さ200~300km(実高度で150~250km)付近において、電離圏エコーの乱れが見られた(赤丸部分)。この乱れは、電離圏内に20~30kmの鉛直構造を持つ波が存在したことを示している

これらの観測からNICTでは、巨大地震は、地中の波(地震波)および海洋の波(津波)だけではなく、大気の波も発生させており、その大気の波が今回の地震では電離圏まで到達したと考えられると説明しており、このような電離圏内の波は、2004年のスマトラ地震や2010年のチリ地震など、ほかの巨大地震でも観測されていたが、高い分解能かつ広範囲に、現象の全体像を詳細に観測できたのは今回が初めてだという。

こうした成果を受けてNICTでは、今回の観測が高度な衛星測位や衛星・地上間通信などに影響を与える電離圏の変動に、下層大気がどのように関わっているかを明らかにする研究の一端になるとともに、宇宙からの津波監視といった実利用にも応用できる可能性が出てきたと説明している。

電波伝播に対する電離圏の影響