金沢大学は10月27日、食欲・食行動を支配する脳内の「腹時計」メカニズムを発見したと発表した。発見は金沢大学医薬保健研究域医学系分子神経科学・統合生理学の三枝理博 准教授らによるもので、成果は米神経科学学会誌「Journal of Neuroscience」に10月26日に掲載された。

ヒトを初めとするすべてのほ乳類は、さまざまな身体機能や行動パターンを約24時間周期で制御する体内時計「概日(サーカディアン)リズム」を持つ。どの細胞にも時計遺伝子は発現しているが、体全体の概日周期を合わせるマスタークロックがあるのが、脳内の「視交叉上核」と呼ばれる場所だ。

この視交叉上核は眼から伝わる光の有無、つまり昼夜の変化に従って時を刻むことから、「光同調性概日ペースメーカー」とも呼ばれている。例えばマウスなどの夜行性動物の場合、いつでもエサがある状態では、光同調性概日ペースメーカーによって「夜は行動・摂食し、昼は眠る」というように行動パターンが規定されている。

しかし、エサが昼間の一定の時間帯のみで得られるような環境におかれると(昼間制限給餌)、マウスは光同調性のマスタークロックを無視するようになるのだ。給餌時間の直前数時間にわたりエサを盛んに探し求める行動を示し、給餌時間に十分量摂食するように順応するのである。

視交叉上核はこのように生活リズムを作っているわけで、仮に視交叉上核を破壊すれば、その動物はめちゃくちゃな生活リズムの行動パターンに陥ると思われるが、実はそうではない。食事に同調した概日行動パターンが正常に保たれるのである。従って、この行動パターンを支配するはずの食餌同調性概日ペースメーカー(仮に「腹時計」と呼ぶ)は視交叉上核以外の場所にあると予想されるわけだ。

しかしこれまでのところでは、それがどこにあるのか、またどんな遺伝子メカニズムを用いているのか激しい論争が続いているものの、決着していなかったのである。

今回の研究では、光同調性概日ペースメーカーに必須の時計遺伝子「Bmall」の働きを視交叉上核ではほぼ正常に残したまま、脳のほかの場所で大幅に低下させたマウスを作成。その結果、このマウスでは「腹時計」の機能が非常に弱くなることを見出した(画像1)。

画像1。脳内の「腹時計」を欠損することで生じる異常の各種グラフ。左上:昼間制限給餌下で飼育して8日目の行動量の日内変動。正常マウスは15~18時の給餌時間を予測してその直前の2~3時間前にエサを探索するのに対し(緑矢印)、腹時計欠損マウスではこの行動がほとんど観察されない。右上:食物探索行動量の毎日の変化。正常マウスでは制限給餌下4~5日でエサ探索行動が観察され始め、8日目でプラトーに達するのに比べ、腹時計欠損マウスはエサ探索行動を示し始めるのに非常に時間がかかる。左下:正常マウスは、制限給餌下で最初こそ十分量摂食できないが、速やかに環境に順応して摂食量をほぼ元の量に戻すことが可能。しかし、腹時計欠損マウスでは十分量摂食することがなかなかできない。右下:その結果、正常マウスは制限給餌下13日目で元の体重を回復しているのに対し、腹時計欠損マウスは体重を減らし続けてしまう

昼間制限給餌の環境下でエサを探す行動がほとんど観察されず、また給餌時間内の摂食量が正常なマウスに比べて約30%減少。その結果、体重も約10%減少したのである。

腹時計を欠損したマウスでも昼間制限給餌下にしばらくおいておくと、ゆっくりだがこの環境には順応していく。正常マウスが昼間制限給餌下におかれてから4~5日でエサ探索行動を示すようになるのに対し、腹時計欠損マウスは約2週間もかかる。

そして、欠損マウスのエサ探索行動は食餌同調性概日ペースメーカーによって制御されているのではなく、単純に空腹感がエサ探索行動を惹起していると考えられる可能性が示唆された。

従って、次のようなモデルが考え出された(画像2)。摂食は生存に必要不可欠であるので、「空腹になると覚醒レベルが亢進しエサを探すというプログラムを動物はもともと備えている。お腹が空くとなかなか眠れないわけだが、自然界では空腹だからといってむやみにエサを探し回るのではなく、エサを期待できる時間なのか、捕食されるリスクは高くないか、暑すぎないか寒すぎないかなど、周囲の状況に合わせて生存の可能性を最大にする必要がある。そのため、視交叉上核の光同調性概日ペースメーカーが昼夜の情報に基づき、不適当なタイミングでエサを探索するのを抑えるというわけだ。

画像2。腹時計の役割を示したモデル。摂食は生存に必要不可欠であるので、空腹になると覚醒レベルが亢進しエサを探すというプログラムを動物はもともと備えているが、自然界では、空腹だからといってむやみにエサを探し回るのではなく、さまざまな状況に合わせて生存の可能性を最大にする必要がある。そのため、視交叉上核の光同調性概日ペースメーカーが昼夜の情報に基づき、不適当なタイミングでエサを探索するのを抑える形となる。ただし、毎日おおよそ同じ時間にエサにありつける状況になれば、脳内にある腹時計が働き始め、光同調性概日ペースメーカーからの抑制をタイミングよく解除してエサ探索行動を惹起し、効率よく摂食・消化・吸収できるように体内の身体機能を整えることで、このような状況に速やかに順応していく

けれども、毎日おおよそ同じ時間にエサにありつける状況になれば、脳内にある腹時計が働き始め、光同調性が実ペースメーカーからの抑制をタイミングよく介助してエサ探索行動を惹起し、効率よく摂食・消化・吸収できるように体内の身体機能を整えることで、このような状況に速やかに順応するのである。

このような複雑なメカニズムゆえ、これまでの多くの研究は結果的に不適当な実験方法・解釈を取っていたと予想されるという。今回の研究により、腹時計が脳に存在し、その遺伝子メカニズムは光同調性概日ペースメーカーと共通の遺伝子が関与していること、腹時計が欠損すると適切なタイミングでエサを探して十分量摂食することができなくなることが判明したというわけだ。

研究グループは、今後、腹時計がいかにして食餌によって制御され、いかにして食欲・食行動やさまざまな身体機能を支配しているのかを明らかにし、腹時計を自在に制御する薬剤や方法を開発することで、ヒトの肥満や生活習慣病を予防する新たな手法が発見されることが期待されるとしている。