産業技術総合研究所(産総研) 健康工学研究部門 ストレスシグナル研究グループの都英次郎 研究員らの研究グループは、光によって容易に発熱可能なカーボンナノチューブ(CNT)の特性(光発熱特性)を熱電変換素子に組み入れることにより、生体内で発電できる光熱発電素子を開発したことを発表した。同成果は、独化学誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に掲載された。

21世紀を支える基幹材料の1つとして各種CNTの産業応用が期待されているが、溶媒に分散しにくい点が応用上の制約となっていた。一方で、心臓のペースメーカーをはじめとするさまざまな体内埋め込み型医療機器の需要や健康状態などを常時モニタリングできる生体貼り付け型のウェラブルデバイスの活用に期待が高まっているが、そうした機器を持続的に駆動させるための安定した電力供給システムの実現が課題となっている。

過去にはプルトニウムを用いることで半永久的に使用できる原子力電池が考案されたが、被曝の恐れや多くの規制、法的な問題があり普及には至らず、現在は、リチウムイオン電池が主流となっているが、その寿命は長くても10年程度であり、電池交換やデバイスメンテナンスのための大掛かりな外科的手術が患者への大きな負担となっている。また、手術を伴わない方法として電磁誘導によるワイヤレス充電があるが、電磁波による生体への影響や、医療機器内の電子回路の誤動作などが問題となっており、生体内に埋め込まれたデバイスへの安全な遠隔電力供給システムが求められていた。

今回、研究グループでは、生体内に埋め込まれたデバイスなどへの新しい遠隔式電力供給技術として生体透過性の高い近赤外レーザー光により容易に発熱するCNTの光発熱特性を、温度差によって発電する熱電変換素子に組み入れることで、生体内で機能する発電技術の開発を行った。

具体的には、光発熱層としてCNT-高分子複合材料を用いるが、CNTをそのまま高分子材料中に分散させようとすると、CNT間の強い相互作用により、束状や粒状に凝集してしまう。高い光発熱特性を持つCNT-高分子複合材料を作製するためには、このような凝集を防いで、高分子中にCNTをナノメートルレベルで分散させる必要があることから、今回は、導電性ポリマー(ポリ(3-ヘキシルチオフェン):P3HT)を用いて、単層CNT(SWCNT)をシリコーン樹脂(ポリジメチルシロキサン:PDMS)中に分散させることで対応した。

CNT-シリコーン複合フィルムとCNTの光発熱特性を利用した光熱発電素子

P3HTは、SWCNT表面との親和性が高く、表面に吸着してSWCNT間の強い分子間相互作用による凝集を防ぎ、SWCNTをPDMS中に分散させることが可能だ。また、このCNT-高分子複合材料は柔軟性や加工性が高いため、熱電変換素子表面への接合が容易であるという特長も有する。

こうして作製したP3HT-SWCNT-PDMS複合材料に近赤外レーザー光を照射するとCNTの光発熱特性によりレーザー光による温度上昇が観察できたという。ちなみに、CNTを含まないPDMSでは、近赤外レーザー光による温度上昇が起こらなかったという。

CNT-高分子複合材料の特性。(a:P3HT-SWCNT-PDMS複合材料の概念図、b:作製したP3HT-SWCNT-PDMSフィルム、c:P3HT-SWCNT-PDMSの光発熱特性)

このP3HT-SWCNT-PDMS複合材料をビスマス-テルル型熱電変換素子表面にコーティングして、最小で幅4.0mm×高さ4.0mm×厚さ4.4mmの小型光熱発電素子を作製、レーザーによる発電量を検証したところ、試作した素子に各種レーザー光を30分間照射すると、熱電発電動作を示し、各レーザー出力に応じて効果的に電気エネルギーを得ることができたほか、SWCNT、多層CNT(MWCNT)、グラファイト、フラーレン(C60)などのさまざまな炭素材料を用いた場合の発電量を比較したところ、P3HTによってPDMS中に高分散化させたSWCNTが最も高い発電量(≒185mV)を与えることが確認された。

各種光熱発電素子の発電挙動

さらに、このCNT光熱発電素子を用いることで、生体外においてゼブラフィッシュの心筋を効果的に電気刺激できることを見いだしたほか、この光熱発電素子をラット背面に埋め込みレーザー光を30分間照射したところ生体内においても発電動作が起こることを実証できた。加えて、CNTの光発熱特性により、ラット体表面(素子埋め込み部位)の温度が30℃から40℃付近まで上昇することがわかったほか、この光熱発電素子は、生体外と同様の発電挙動を示し、P3HT-SWCNT-PDMS複合材料を用いたときには、最大の発電量(≒8mV)が得られることが確認された。

CNT光熱発電素子を用いた生体外でのゼブラフィッシュ心筋への電気刺激(a)とラット生体内における発電挙動(b)

なお、研究グループでは今後、CNT-高分子複合材料や熱電変換材料のナノ構造制御、レーザーの効率的な照射システムの構築などによって、素子自体の光熱発電効率のさらなる向上を目指すほか、それと同時に素子の生体適合性評価や耐久性試験を行い、生体内で安心・安全に利用できる光熱発電素子の開発を目指すとしており、共同研究企業の募集を行うことで、製品化に向けた研究開発を進めていきたいとしている。