東京大学の研究グループは、5年生存率が最も低いことから"難治がん中の難治がん"と言われる膵臓がんに対する画期的な治療法に繋がる可能性がある、高分子ミセルなどのナノスケールの運搬体(ナノキャリア)を利用したドラッグデリバリシステム(DDS)技術を開発したことを発表した。同技術はヒト膵臓がんモデルにおいて、がん組織の深部にまで到達でき、白金錯体制がん剤ががん組織の深部にまで到達していることが確認されたという。同成果は、同大大学院工学系研究科マテリアル工学専攻/大学院医学系研究科疾患生命工学センター臨床医工学部門の片岡一則教授らによるもので、英国科学雑誌「Nature」の姉妹誌「Nature Nanotechnology」に掲載された。

近年、抗がん剤などの薬剤の有効性と安全性を高める方法として、PEG 修飾リポソームや高分子ミセルなどのナノスケールの運搬体(ナノキャリア)を利用して薬剤をがん組織に選択的に送達することを目的とするターゲティング型DDSが注目を集めている。

固形がんでは、正常組織に比べて新生血管の増生と血管壁の透過性に加えて、組織から高分子物質の排出を担うリンパ系が未発達であるために、高分子物質が集積しやすい環境になっていることが知られており(Enhanced Permeability and Retention:EPR効果) 、ナノキャリアはがん組織に効果的に集積することができる。

実際に、ドキシルやアブラキサンなどのDDS製剤が日本においても承認され、実用化されているが、それらの使用はカポジ肉腫や卵巣がんなどに限定されており、難治がんとして知られる膵臓がんなどに対して有効なDDSは未だ開発されていないのが現状である。

これは膵臓がんが、物質の漏出性に乏しい血管構造を有しており、がん細胞を覆う線維組織がバリアとなり、薬剤やDDSの集積性が著しく低下しているためであると考えられている。つまり、90nmおよび130nmのナノ粒子製剤であるドキシルとアブラキサンは、膵臓がんにおいて血管から腫瘍組織に移行し、がん組織を浸透することが困難であるということが考えられるという。

そこで研究グループでは、100nm以下で精密に粒径制御された白金錯体制がん剤内包高分子ミセルを使用して膵臓がんに対して有効な薬剤デリバリを実現するための高分子ミセルのサイズの効果を明らかにする研究を行った。

高分子ミセルは、ブロック共重合体の自己会合によって形成されるが、ミセル内核構成鎖のホモポリマーを添加することにより30nmから100nmの範囲で精密に粒径制御された高分子ミセルを調製することが可能である。これらの高分子ミセルは同程度の長期血中滞留性を示すために異なるサイズの高分子ミセルの腫瘍集積性を直接的に比較することができる。

今回の研究では、血管密度が高く、間質の少ない固形がんモデルとしてマウス大腸がんモデル、血管密度が低く、間質が豊富な固形がんモデルとしてヒト膵臓がんモデルを選択し、サイズの異なる高分子ミセルのがん集積性、組織浸透性、薬理効果に関して検討が行われた。

ここで高分子ミセルの腫瘍血管からの漏出と腫瘍組織への浸透性の評価に関しては、組織切片の蛍光顕微鏡観察に加えて、高速スキャンが可能な共焦点顕微鏡による生体内リアルタイムイメージングを活用。その結果、マウス大腸がんモデルにおいては、高分子ミセルのサイズの効果は見られず、30-100nmのすべての高分子ミセルが優れたがん集積性、組織浸透性、薬理効果を示したという。

一方、ヒト膵臓がんモデルにおいては、50nm以上の高分子ミセルは腫瘍血管の辺縁部に滞留し不均一な分布を示すのに対して、50nm以下の高分子ミセルは腫瘍血管から均一に漏出し、がん組織の深部にまで到達できることが明らかとなったほか、蛍光X線分析によるPt元素のマッピングから、50nm以下の高分子ミセルを投与した場合に白金錯体制がん剤ががん組織の深部にまで到達していることが明らかとなった。

さらに、抗がん活性の評価において、50nm以上の高分子ミセルはヒト膵臓がんモデルに対して有効性ではなかったが、30nmの高分子ミセルは顕著な抗がん活性を示すことが確認された。

加えて研究グループでは50nm以上の高分子ミセルを膵臓がんにデリバリする方法として、過去に膵臓がんモデルの腫瘍血管の漏出性を高めることが確認されている形質転換成長因子(TGF)-β阻害剤の併用効果を検討した結果、TGF-β阻害剤の併用により、70nmの高分子ミセルが膵臓がんモデルに効果的に集積し、30nmの高分子ミセルと同様の抗がん活性を示すことが確認された。

ナノキャリアを利用したがん標的治療の有効性は広く認められているが、(特に100nm以下における)そのサイズの効果はこれまで明らかにされておらず、今回の成果は、薬剤やDDSの集積性が乏しく未だ有効な治療法が確立されていない膵臓がんに対して、50nm以下の高分子ミセルが有効であることを世界で初めて明らかにするものとなった。

また、50nm以上のナノキャリアであってもTGF-β阻害剤を併用することによってその有効性を著しく高めることができるという事実は、例えば、遺伝子などの比較的大きな治療分子を搭載し、粒径を50nm以下に制御することが困難なナノキャリアを、膵臓がんに送達するための有効なアプローチになるものと考えられることから、こうした成果が、5年生存率が最も低いことから"難治がん中の難治がん"と言われる膵臓がんに対する画期的な治療法に繋がるものと期待されると研究グループでは説明している。

なお、高分子ミセル型DDSは、構成するブロック共重合体の化学構造や組成の最適化によって粒径や薬剤の放出性などの種々のパラメータを制御できることが他のナノキャリアと比較して場合の特長であり、膵臓がんをはじめとする難治がんに対して有効なDDSとして早期の実用化と今後の発展が期待されるという。