日本原子力研究開発機構(JAEAの研究グループは、高輝度光科学研究センター(JASRI)と共同で、水素貯蔵材料として注目されているアルミニウム水素化物の放射光分光実験を実施し、水素原子とアルミニウム原子が、共通の電子を介して形成される共有結合で結合していることを明らかにした。

同成果は、JAEA竹田幸治 副主任研究員、斎藤祐児 副主任研究員、山上浩志 客員研究員(京都産業大学)、齋藤寛之 研究員、町田晃彦 研究員、青木勝敏 特定課題推進員と、JASRI室隆桂之 主幹研究員、加藤有香子 博士研究員(現、産業技術総合研究所 研究員)、木下豊彦 主席研究員との共同研究によるもので、米国物理学会誌「Physical Review B Brief Report」(オンライン版)に掲載された。

自然環境を汚染しないクリーンなエネルギー源として水素を利用する燃料電池への期待が高まっており、高性能な水素貯蔵材料の開発が求められるようになっている。水素貯蔵材料に求められる性能は、軽量コンパクトで輸送が容易であり、かつ生活環境に近い圧力や温度条件で簡単に水素の貯蔵・放出ができることで、アルミニウム水素化物(α-AlH3)は、自然界に豊富にあるアルミニウムを原料とし、軽量でかつ水素を多量に貯蔵出来るため、有望な水素貯蔵材料と考えられている。

図1 アルミニウム単体金属(Al)とアルミニウム水素化物(α-AlH3)の結晶構造。水素の貯蔵・放出により構造が大きく変化する。アルミニウム単体金属は面心立方構造。一方、アルミニウム水素化物においては、アルミニウム原子は頂点にある6個の水素原子に囲まれた8面体の構造になっている。そして、それぞれの水素原子は別の8面体の頂点になるような構造になる

しかし、水素の貯蔵・放出過程の制御のためには、水素がどのような結合様式により水素貯蔵材料に吸収されているのかについて正確な知見が不可欠であるが、アルミニウム水素化物における水素原子とアルミニウム原子の結合様式については、多くの理論的予測があるにも関わらず、イオン結合的か共有結合的なのかの決着がついておらず、電子状態を実験的に調べることが強く望まれていた。

図2 イオン結合と共有結合のイメージ。イオン結合の典型例として食塩(NaCl)がある。(a)NaClではナトリウム原子よりも塩素原子の方が圧倒的に電子(●)を引き付けやすいために、ナトリウム原子の電子が塩素原子に1つ移動することで、(b)塩素原子がマイナスの電気を帯び、ナトリウム原子がプラスの電気を帯びる。その結果、電気的な引力で互いを引きつけ合って結合する(イオン結合)。一方、共有結合の典型例として水素ガス(H2)がある。(c)H2ではそれぞれの原子があと1つ電子を取り込むと非常に安定な状態になることができるため、(d)互いの水素原子が電子を提供し合って結合する(共有結合)

今回の研究では、アルミニウムが水素を貯蔵するとアルミニウムの電子状態がどのように変化するのかを調べ、水素原子とアルミニウム原子の結合様式を明らかにすることを目的として行われた。

具体的には、大型放射光施設SPring-8の軟X線光化学ビームラインBL27SUにおいて、水素を含まないアルミニウム単体金属とアルミニウム水素化物に対して、放射光軟X線を用いた発光分光法と内殻吸収分光法により、それぞれの電子状態を調べた。

これらの実験手法では、複数の元素が含まれた物質であっても特定の元素の特定の電子についての電子状態を抜き出して調べることができ、発光分光実験からは占有電子状態、内殻吸収分光実験からは非占有電子状態についての情報を得ることができる。そしてこれら2つの実験を組み合わせることで、結合様式を知るために必要な全電子状態を知ることができることから、今回の実験では、アルミニウム原子が持っている電子の中で、主に水素原子との結合に関与するAl 3p電子状態に注目した。

図3 発光分光法と内殻吸収分光法によるAl 3p電子状態の決定。吸収分光法の場合は、Al 1s内殻電子が放射光からエネルギーを吸収し、Al 3p電子の非占有電子状態に遷移する確率を調べる。発光分光法では、放射光のエネルギーを吸収してAl 1s内殻電子が抜けたところを占有電子状態にあったAl 3p電子が埋める確率を調べる。よって2つの実験を組み合わせると、Al 3p電子の占有および非占有電子状態の情報を得ることができる

図4が実験結果となるが、青色がアルミニウム単体金属で赤色がアルミニウム水素化物の測定結果となる。水素原子がアルミニウム単体金属に貯蔵されることで、電子状態に2つの明らかな変化が観測された。矢印(1)で示されるように、発光分光スペクトルの強度が増大することからAl 3p電子数が増加し、矢印(2)で示されるように、吸収分光スペクトルが光エネルギーの高い側にずれ、金属から絶縁体に変わったことが判明した。

図4 アルミニウム単体金属(青色)とアルミニウム水素化物α-AlH3(赤色)の発光分光と内殻吸収分光実験から得られた電子状態の比較。発光分光実験(ピンクの部分)の横軸は、光エネルギー1650eVの光を試料に照射したときに、試料から放出された光のエネルギーを表し、内殻吸収分光実験(ブルーの部分)の横軸は試料に照射した光のエネルギーを表している。縦軸は、いずれの実験においても試料から放出された光の強度を表している。両実験結果を組み合わせることにより、Al 3p電子の占有電子状態と非占有電子状態を得ている

もし、水素原子とアルミニウム原子が完全なイオン結合であるならば、電気陰性度の違いから(1)とは逆の変化をすると予想でき、この実験結果から直ちにそれは否定される。

さらに、バンド計算を用いて、アルミニウム単体金属がアルミニウム水素化物になるとどのように電子状態が変化するのかを理論的に調べた結果、実験で観測された(1)と(2)の結果を定性的に説明できることも判明した。このことから、アルミニウム水素化物においては、水素原子とアルミニウム原子が共通の電子を介して形成される共有結合で結合していることが明らかになった。

今回の結果は、アルミニウム水素化物において、理論的研究だけでは決定できなかった水素原子とアルミニウム原子の結合様式について、初めて実験的な確証を得たものとなった。これにより今後、アルミニウム水素化物の水素の貯蔵・放出のメカニズムの理解が進み、資源の豊富さと軽量さという強みを持ったアルミニウムを基盤とした新しい水素貯蔵材料の設計や性能向上の指針につながるものと期待されると研究グループではコメントしている。