東京大学などの研究チームは、約23億年前の大氷河期から温暖期への気候回復時に酸素濃度の上昇が生じ、これにより急激な温暖化による光合成生物の大繁殖が起こり、酸素大気が形成されたとの研究結果を発表した。同成果は、関根康人 東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 講師、田近英一 同大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 教授、鈴木勝彦 海洋研究開発機構(JAMSTEC) 地球内部ダイナミクス領域、プレカンブリアンエコシステムラボ、海底資源研究プロジェクトチームリーダーらによるもので、英科学誌「Nature Communications」に掲載された。

地球大気中の酸素は、生命による光合成活動によって生み出されており、宇宙から眺めた時に、地球が他の惑星と異なる生命の星であることを示す最大の特徴となっている。しかし、こうした酸素大気は、いつどうやって形成されたのかは不明な点が多く、現在の学説では、地球大気の21%を占める酸素は、地球史46億年を通じて徐々に増えてきたわけではなく、特定の時期に増加したと考えられている。特に、今から約20~24億年前には、それ以前には"ほとんど"存在していなかった酸素が、現在の1/100以上のレベルにまで急激に上昇した。

「大酸化イベント」と呼ばれるこの爆発的な酸素濃度の上昇により表層環境や生態系は一変し、当時繁栄していた原始的な酸素が有害な微生物が地表から地下に活動の場を移し、酸素を代謝エネルギー源として用いる、ヒトを含むすべての動植物が属する真核生物が約20億年前に出現したと考えられているが、この大酸化イベントがその時期にどうやって発生したのかは謎のままであった。

研究チームでは、このイベントのメカニズムを理解するために、酸素濃度が上昇し始めた"タイミング"を明らかにすることが重要であると考えた。イベントを引き金に酸素濃度が上昇した場合、酸素上昇とそのイベントがほぼ同時に地層などの地質記録に保存されていることが期待されるためだが、こうした酸素上昇と地質イベントの同時性を示すことは簡単ではなく、過去にも同様なことを考えた研究チームなどが、研究を行っていたが、地層中にたまたま存在している酸化物や硫化物の分析から、その当時大気に酸素が存在していたのかを判断していたため、そうした指標が常に地層中に存在しているわけではなく、数1000万年~1億年間隔で点在してしまうため、それらの点の記録をつなぎ合わせても大雑把な酸素濃度の変化を推定するに留まっており、もっと短い時間スケールでおきる地質イベントと酸素濃度の変化を照らし合わせることが困難であった。

(a) 地球史を通じた大気中の酸素濃度の推定範囲と氷河期(水色の▲)の発生時期と規模の比較。約20~24億年前の急激な酸素濃度の上昇を大酸化イベントと呼ぶ。
(b) 大酸化イベント期間中における、地質記録により制約された酸素濃度範囲の概念図。上図は、これまでの研究により制約された酸素濃度変動の様子を示す。数1000万年~1億年程度のギャップがあるため、詳細な酸素濃度レベルの変動の理解や氷河期との対応が不明だった。下は今回の研究による制約。氷河期後の変動を連続的(100~1000年間隔)に調べることができたという

研究チームでは、より詳しく大酸化イベントの原因を究明するためには、酸素濃度の変化を地質イベントの前後で連続的に追うことのできる新たな指標が必要となると考え、白金族元素の1つであるオスミウムとその同位体を新たな指標として用いることを考案、大酸化イベント中の酸素濃度変化の連続した追尾を行った。

オスミウムは大陸の岩石中に含まれており、酸素濃度が高いとイオンとなり水に溶け、河川を通じて海に運ばれ海底の地層中に堆積する。一方、酸素濃度が低いと水には溶けないため、海水中や地層中のオスミウム濃度は低いままであるほか、河川を通じて海に運ばれる陸由来のオスミウムは、その同位体比が海底火山などで海洋に直接供給されるオスミウムのものとは大きく異なるため、地層中に含まれるオスミウムの濃度と同位体比の両方を測定すれば、陸から海にオスミウムが運ばれ始めたタイミング、すなわち酸素濃度が上昇したタイミングが特定できるという特長がある。

実際に研究チームは、約22~24.5億年前の地層が分布するカナダ・オンタリオ州の地質調査を実施、堆積物試料の分析を行った。

(a) 試料採取地点(カナダ・オンタリオ州)の地図。
(b) 現地地質調査およびサンプリングの様子。
(c) ドロップストーンと呼ばれる礫(左の大きさ数cmの石、右はスケール)を含む氷河性堆積物。氷河が陸地の岩石を削り取り、海で溶ける際に海底の堆積物中に落としたもの

結果、大規模氷河期があったことを示す約23億年前の氷河性堆積物と、その直上の温室気候を示す炭酸塩岩の境界の地層から、オスミウムの濃度と同位体比が上昇するシグナルを発見。

氷河性堆積物層と炭酸塩岩層の境界のオスミウムの同位体比と濃度変化。寒冷状態から温室状態への気候回復にともなって、大陸由来のオスミウムが供給されている。このことは、この時期に酸素濃度が上昇し、大陸のオスミウムがイオンとなり海洋に運ばれ始めたことを示している

これは地球が大氷河期から抜け出し、温暖化が生じる気候回復と同時に、大気中の酸素濃度の急上昇が起きていたことを示す結果であるという。

この結果から、研究チームは、大酸化イベントの全貌として、約23億年前、地球は表面の大部分が氷で覆われる大氷河期であり、それが終わると、急激な温暖化によって、大陸の化学風化作用が劇的に増大。その結果、大陸から大量の栄養塩(リン)が海洋に供給され、光合成生物の大繁殖を引き起こし、大量の酸素の放出が引き起こされた。この時代、全球凍結を含む破滅的な氷河期が繰り返し起きていたことが知られており、この酸素の上昇により、大気中に存在していたメタンなどの強力な温室効果を持つ還元的なガスは酸化され、それらの濃度が低下。その結果、温室効果が低下した地球は温暖期の後、再び大氷河期に陥り、またその気候回復期に酸素が放出されるという激しい寒冷化-温暖化のサイクルと、そのたびに起きる光合成活動の活発化に伴う酸素濃度の上昇が、大気中に酸素が満ちるまで起き続けた、というシナリオを提示している。

氷河期中から氷河期後にかけての地球表層環境の変化。氷河期後の温暖環境で、大陸から栄養塩が供給され光合成活動が活発化し、大量の酸素を放出したと考えられる。この酸素は、陸上に含まれるオスミウムを酸化し、海洋に供給した

今回の発見は、気候変動が引き金となって酸素大気が形成されたことを示すものだが、それでも大酸化イベントの根本的な原因究明には至っていない。それは、何故、地球が大規模な氷河期に陥ったのか、という問題が解決されていないためで、もし何らかの必然的な理由があって大氷河期が訪れたのであれば、酸素大気の形成やヒトにつながる高等生命の誕生も、地球進化の必然的な結果の1つなのかもしれず、今後の重要な研究課題になってくると研究チームでは指摘している。

また、今回の知見は、純粋な学問的興味に留まらず、広く社会一般に影響が及ぶ地球温暖化に伴う気候-大気-海洋-生物圏の複雑な相互作用の理解にとって重要であるほか、近年観測が盛んに行われている太陽系外における"第二の地球"の発見や、そこでの生命生存可能性の推測にも重要な示唆を与えるものになってくるとしている。