京都大学(京大) 大学院医学研究科の岩田想 教授と英国の放射光施設DIAMOND(オックスフォードシャー)のアレクサンダー・キャメロン 博士らの研究グループは、高脂血症の治療薬の標的である「胆汁酸輸送体」の立体構造をX線結晶構造解析によって解明したことを明らかにした。同成果は、英国のインペリアルカレッジのデイビッド・デュリュー 博士との共同研究によるもので、英国科学誌「Nature」(オンライン速報版)で公開された。

コレステロールは、血管などを形成する細胞膜に柔軟性を与えたり、各種ステロイドホルモン(男性ホルモン/女性ホルモンなど)の前駆体になるなど、生体内で重要な役割を担う化合物だ。主に肝臓で合成され、血液によって体全体に輸送されるほか、肝臓でコレステロールから胆汁酸が生成され、脂肪の吸収を助けるために胆汁として消化器中に分泌される。一部の胆汁酸は腸から排泄されるが、大半は小腸で吸収され、血液を通して肝臓に戻され再利用されている。しかし、体内に必須の物質だが、その血中濃度が過剰に高くなると、高脂血症や動脈硬化症などを引き起こし、心疾患や脳血管疾患を起こす要因になっている。

胆汁酸輸送体は、胆汁酸の小腸および肝臓での再吸収を行う膜たんぱく質で、その際ナトリウムも同時に吸収されることが知られている。近年、胆汁酸輸送体の機能を阻害剤で抑えることにより、肝臓における胆汁酸の合成が促進され、これにより血中のコレステロールの濃度が低下することが分かってきた。現在用いられている高脂血症の治療薬は有効ながらも、患者によっては肝障害などの副作用を引き起こすことが知られており、これらの代わりに、または併用される高脂血症薬として、胆汁酸輸送体の阻害剤の実現が期待されていた。

また胆汁酸輸送体は、胆汁酸に各種の薬物を付加した物質を高い効率で取り込めることが知られているため、その性質を利用することで、経口投与した時に体に取り込まれにくい薬物を、胆汁酸との複合体(プロドラッグ)として合成し、取り込みの効率を上げることも試みられているが、そうした阻害剤やプロドラッグの効率のよい設計のためには、胆汁酸輸送体の立体構造から胆汁酸の結合部分の詳細を明らかにすることが求められていた。

一方、胆汁酸輸送体は、細胞表面の膜中に存在する膜たんぱく質と言われる種類のたんぱく質であり、これは細胞内の可溶性たんぱく質とは異なり、不溶性の細胞膜中に存在しているため、安定した形で細胞膜から取り出すことが難しく、X線結晶構造解析は困難であった。同研究グループは、膜たんぱく質の構造解明に向けて発現、精製、結晶化、X線構造解析技術を開発してきており、これらの技術を組み合わせることで、今回、ヒトのASBTとアミノ酸配列が似ていて、かつ胆汁酸の結合特性も似ているバクテリア由来のナトリウム依存性胆汁酸輸送体(ASBT)(分子量:3万4000)の立体構造の解明を試みており、ASBTの精製、結晶化を経て、X線結晶構造解析によって胆汁酸の一種であるタウロコール酸とASBTの複合体の立体構造の解明を行った。

図1 コレステロールの肝腸循環。コレステロールは主に肝臓で合成され、血液によって体内を循環する。血液中で過剰なコレステロールは肝臓で胆汁酸に変換され、胆汁として消化器系での脂肪の吸収を助ける。胆汁酸の大半は、胆汁酸輸送体により肝臓に戻り再利用される

ASBTの全体構造は、膜を貫通した10本のらせん構造(へリックス)が2つのドメインに分かれており、1つは、6本の膜貫通のへリックスで構成されるコアドメインで、残りの4本の膜貫通のへリックスは、パネルドメイン(平らな板のような形をしているドメイン)を構成している。

図2 ASBTの立体構造(全体)。ASBTの立体構造は、10本の膜貫通したらせん構造(へリックス)が2つのドメインに分かれている。1つは、6本の膜貫通のへリックスで構成されるコアドメイン(左)で、残りの4本の膜貫通のへリックスはパネルドメイン(右)を構成している。コアドメインには胆汁酸輸送体の活性に必要なナトリウムイオンが2つ配置されている

解析によりASBTの全体の立体構造は、アミノ酸配列がまったく異なるナトリウムイオンの取り込みと水素イオンを放出する輸送体(ナトリウム/水素イオン交換輸送体)の構造と類似していることが判明。このことにより、ASBTの構造は物質の輸送に用いられている普遍的な骨格であると考えられると研究グループでは説明する。

また、ASBTの2ドメイン間には、くぼみのような空間があり、胆汁酸の一種であるタウロコール酸が空間に結合していたほか、このタウロコール酸の結合部位の近くのコアドメイン内に、2つのナトリウムイオンが結合していることも判明しており、この部位のアミノ酸を遺伝子改変するとASBTの胆汁酸輸送能が失われることから、このナトリウムイオンの結合部位が重要な役割を担っていることが分かったという。

図3 ASBTでタウロコール酸が結合している部位。ASBTの2つのドメインの間には、くぼみのような空間(キャビティ)があり、胆汁酸の一種であるタウロコール酸がキャビティに結合している。このキャビティは、タウロコール酸が結合してもかなり余裕のある空間になっていることから、比較的大きな化合物が輸送できると考えられる

さらに、タウロコール酸の結合部位はかなり余裕のある空間になっており、ASBTが非常に大きなプロドラッグを輸送できる可能性のあることが示された。タウロコール酸が直接接触しているたんぱく質部位を改変すると、タウロコール酸の輸送能が急激に減少することが確認され、これは、この部分に強く結合するような物質が、胆汁酸輸送体に対しての有効な阻害剤となり得ると考えられることを意味するという。

これらの構造の情報と生化学的な知見から、胆汁酸輸送体の輸送の仕組みを推定することが可能になった。ASBTにナトリウムイオンが細胞の外から結合すると、コアドメインの構造を変え、比較的大きな化合物である胆汁酸を結合しやすくする。そして胆汁酸が2つのドメインの間の空間に結合すると、もう1つのパネルドメインが動いて、胆汁酸とナトリウムを同時に細胞内へ放出を促すことも判明しており、このような仕組みにより、胆汁酸のような水に溶けにくくて大きな化合物を細胞内へ効率よく運んでいることが分かったという。

図4 ASBTの構造変化による輸送のメカニズム。ASBTの立体構造の情報などをもとに、胆汁酸輸送体の輸送が、(A)ナトリウムイオンが細胞の外から結合することでコアドメインの構造を変化させ、胆汁酸を結合しやすくし、(B)胆汁酸が2つのドメインの間のキャビティに結合すると、もう1つのパネルドメインが動いて、胆汁酸とナトリウムを同時に細胞内へ放出を促すことが分かった

今回の成果によりASBTの立体構造が明らかになり、ナトリウムイオンと胆汁酸の結合部位の詳細な情報を得ることに成功した結果、今後、新しい胆汁酸輸送体の阻害剤の探索・設計が可能になると考えられ、高脂血症や動脈硬化症の治療薬への貢献が期待されると研究グループでは説明している。また胆汁酸の結合様式、および結合するキャビティの大きさが明らかになったことにより、胆汁酸のどの部分にどのようなサイズの薬物を付加すれば効率のよいプロドラッグを合成できるかという指針も示されることとなったとしている。

このほか今回の結果からは、ナトリウムイオンを用いて胆汁酸を輸送する分子メカニズムも明らかになっており、このメカニズムはナトリウム/水素イオン交換輸送体を含むほかの多くの輸送体でも同様な構造の変化によって輸送体が機能していると考えられることから、各種輸送体の機能の異変により生ずる病変や生化学的現象を理解するための基礎情報になると考えられると研究グループでは指摘している。